クリエイターは「翻訳者」


―― 生成AIが業務に浸透し、AI作成のクリエイティブが実際の広告に使われるようになりました。おふたりの話からは、クライアント・ファーストであることがAI時代のクリエイターの生存戦略でもあると感じられましたが、クライアントの事業を成果に結びつけるクリエイターにとって、必要な素養とはなんでしょうか。

大地 壮太郎さんと話していて共感するのは、「自分」が勝とうと思っていないことです。「クライアント」を勝たせることが、結果的に、クリエイター自身のサステナブルな勝ちにも繋がることを、僕たちは本質的に知っています。クライアントが必死に絞り出した広告費を一円も無駄にせず、一発ずつの成果を出しながら、同時に、数年かけてのブランドづくりからも逃げない。自己表現や広告賞を取ることがクライアントの事業成長よりも重視することがあるのは広告主をやってきたCEOの田部もよく言っています。自分たちも吠えるばかりでなく、業界構造を変えてゲームチェンジするための選択が、僕たちのノバセルへの参入ということです。

AIが浸透するなかで、これから重要になるクリエイティブディレクターは「翻訳者」、あるいは「繋ぐ人」だと思っています。企業と顧客、推しとファン、マーケとクリエイティブ、テクノロジーと生活。そして世代や立場の違いによるすれ違い。これら理想と現実のギャップを繋ぎ直すには、異分野をナチュラルに越境する翻訳者が不可欠です。二者択一を迫るドSな提案ではなく、クライアントの悩みを抱き締め、清濁合わせ飲みながら、成果まで完走させられる人間力。「死んでも成功させる」という覚悟。そしてエグゼキューションさせる腕っぷし。これらが、ノバセルクリエイティブの新しい特色になっていきます。

さらに言うと、現在、クリエイティブ界隈でのAI周りの議論は「効率化」ばかりがメインですが、それって物足りないですよね。この変化がもたらす本丸は「新しい価値」の創出と、その仕組み作りになるはず。そしてその出発点には、より根本的な「考える人」が必要です。小霜の受け売りですが、コピーライターは「書く人」ではなく「戦略を考える人」です。AI時代になって自分でコピーを書くことは少なくなるかもしれないけれど、ディレクションを出し、選び、決断していくのは、「考える人」の仕事でしょう。AIはどんな間違った戦略にも、それっぽい回答を出してしまいますしね。我々までイエスマンになってはいけない。

ビジネスとしてのクリエイティブパワーを使って、世の中を繋ぐための戦略を考え、翻訳し、成果まで伴走しきれる人。それが、ノバセルが求めるクリエイティブディレクターの姿です。
  

―― 壮太郎さんはいかがですか。

壮太郎 これからのクリエイティブディレクターは、「目的志向」「仮説志向」を持って今まで以上に抽象化能力を磨き込んでいくことがより重要となってくるはずです。そもそも何のためにそれをするのか、どんな仮説を持って取り組むのかを決めるのはAIではなく人間の仕事であり、その精度を高めることこそがクリエイティブディレクターの仕事の心臓部だと思っています。

また、「AIはクリエイターの仕事を奪う」と悲観的に語られていますが、確かに自分で使い込んでみると過去のデータから「より勝ちに近いもの」、70点~80点を取れるレベルのクリエイティブを叩き出してきます。けれど残りの20点は、人間が持っている曖昧な部分である「名もなき感情」「まだ言葉になっていない体験」のようなものに、どれだけ私たちが意識的でいられるかにかかっています。そしてそれらにどんな意味を与え、どう記号化・言語化するかという能力は、まだまだ人間のほうが感度や精度が優れているのではないでしょうか。そういったことを含めて、最後にクリエイティブビジネスの「仕事をつくる」のはAIそのものではなく、それを使ってクライアントと信頼関係を築く人間のクリエイティブだと信じてやっています。