人を惹きつける方法が「クーポン」だけであってほしくない
ー ACC賞に求められる役割について、お考えをお聞かせください。
尾上 BC部門だけでも3カテゴリーあり、ACC賞には他にもたくさんの部門・カテゴリーがあります。この状況を見て「何にでも賞を与えている」とネガティブに言う人もいますが、僕はいいことだと思っているんです。「こんなに良いものがあるのか」「こんなやり方があるのか」と一気に知ることができ、自分の中に課題解決の方法を増やすことができる、普段の仕事の中では得難い機会です。
栗林さんが初めに話したこととつながりますが、ACC賞、特にBC部門は、広告の面白さを最大限に可視化するショーケースです。部門・カテゴリーが幅広く、応募作品が多様であるほど、ショーケースとしての価値が増すと思います。
栗林 ACC賞は日本最大級の広告賞ですから、広告の未来を背負っているといっても過言ではないと思います。初めにもお話ししたのですが(前編)、僕は広告って本当にすごいものだと思っているんです。広告とは、良い商品・サービスや、良い視点を届けるための知恵・技術であり、それが強くなることは、良い世の中に直結すると信じています。その知恵・技術が、いわゆる「広告・コミュニケーション」だけでなく、商品・サービスやコンテンツ、事業そのものに取り入れられていくことで、もっといい商品・サービス、もっといいコンテンツ、もっといい事業が増えていくはず。ACC賞は、そのための唯一にして最大の起点になると思っています。

尾上 「こんなやり方もあるんだ!」「こんな伝え方もいいね!」と、もっとたくさんの人に思ってもらいたいですよね。過去にとある大学で授業をしたことがあるのですが、「人を集めるアイデア」を考える課題を出したら、学生の8割がクーポン案を出してきたんです。それって、ちょっと大袈裟に言えば、世の中の人の8割は人を集める方法としてクーポンを発想するってことだと思うんです。将来、目の前の学生たちが決裁者になった時に、口を揃えて「クーポン企画を考えよう」と言って、クーポンだらけの世の中になったらどうしよう……と思ったのを覚えています。ACC賞には、その常識を変える力があるはず。僕もその一助となっていきたいと思っています。
ー 事業会社のマーケターにとって、広告賞にはどんな価値があると言えるでしょうか?
尾上 マーケティングにはいろいろな定義があると思いますが、「今まで発見されていなかった領域に光を当てて、新しい価値を生み出す」という側面がありますよね。成熟社会、飽和市場という背景もあると思いますが、そういう取り組みが最近あまり見られない気がしているんです。
「ファネル」や「ラダー」や「ジャーニー」を埋めることに意識が向いて、そこに多くの時間をとられているケースも少なくないのではないのではないでしょうか。そのフレームワークの先にいる「人」のことをどれだけ考えられているか、折に触れて立ち返ることが大事だと思います。
人が何に喜び、何を楽しみ、何をシェアするのか? 人の心を動かし、行動を喚起した表現物に触れて、「こういうものが好まれる」という感覚を知るのに、広告賞というショーケースは大いに役立つはずです。「こんなやり方があったのか」「こんなところに人の欲望があるのか」という、マーケティングの参考になる事例がたくさん見つかると思います。
たとえば、「友達がやってるカフェ/バー」(旧kakeru、現ENTAKU produce運営。2024年9月末に閉店)が話題になったとき、「リアルな体験の場があることが人気の秘訣だ」と解釈して、自社でもリアルな場をつくろう!と考えたマーケター・クリエイターは少なくなかったと思います。でもACC賞の講評を見ると、リアルであることだけが話題化の理由ではないことがわかります。ソーシャルクラフトとして優れている、つまりこの時代の視点・気分を深く理解した上でつくられていることがヒットの要因なんです。
人々がスマホを通して見ている社会がある。それを踏まえたマーケティングを、果たして自分・自社はできているのか? 広告賞をヒントに自分たちのマーケティングを問い直すことで、マーケットの捉え方や、フレームワークとの向き合い方が変わるかもしれません。
栗林 多くの優れたクリエイティブ事例に触れることは、クリエイターだけでなく、マーケターの生存戦略に関わると思います。リサーチやペルソナ設定、広告運用など、多くのマーケターの方が担っている業務は、AIで代替しやすいものが多い。これからの時代に必要とされるマーケターであり続けるために必要なスキルの一つが、「どれだけ人の右脳を刺せるか」「どれだけ人の心を喜ばせることができるか」を考え、実行することです。
AIがどれだけ進化しても、人の心を強く動かすリアルな体験や手触りのあるモノをつくり出すことはできないはず。それこそが人間が介在することの価値であり、その価値を生み出すには右脳的な感性が不可欠です。ACC賞で評価される作品は、人の心を深く刺したものであることが大前提。クリエイターとして、マーケターとして活躍し続けるためのヒントに溢れた貴重なショーケースとして、より多くの方に関心を持ってもらえるよう、審査委員長の役割を果たしていこうと思います。
- 1
- 2