オートメーションのパラドックス:なぜあなたのMarTechスタックは汚染源となるのか

 こうしたデータ品質の問題は、往々にして、安易なテクノロジー導入によってさらに増幅される。例えば、マーケティングオートメーション(MA)、SFA(営業支援システム)、CRMといったMarTechツールの導入は、業務効率化の切り札として期待されるが、皮肉なことに、これらのシステムはデータ品質を悪化させる最大の要因にもなり得るのだ。


▶︎「ゴミを入れれば、増幅されたゴミが出る」サイクル

 MAやCRMは、データに基づいて自動でプロセスを実行する。これは、入力されるデータがクリーンであれば絶大な効果を発揮するが、ひとたび不正確なデータが入力されると、その悪影響を瞬時に、かつ大規模に拡散させてしまう。

 例えば、誤った役職情報を持つリードデータがMAに取り込まれると、その誤った情報に基づいてパーソナライズされたメールが何百通も自動送信され、企業の信頼性を損なう。

 まさに「Garbage In, Garbage Out」ならぬ「Garbage In, Amplified Out(ゴミを入れれば、増幅されたゴミが出る)」という悪循環に陥るのだ。


▶︎シームレスなファネルという幻想

 多くの企業では、データはMAからCRMへ、CRMからERP(統合基幹業務システム)へと、システム間を連携して流れていく。しかし、この連携プロセスにおいて十分なデータ検証が行われていない場合、エラーは各段階で複製され、さらに新たなエラーが付加されていく。

 結果として、各部門がそれぞれに「正しい」と信じる、しかし互いに矛盾したデータのサイロが形成される。マーケティング部門が見ている顧客像と、営業部門が見ている顧客像が異なり、一貫した顧客対応が不可能になる。


▶︎データハイジーンの必要性

 このオートメーションがもたらす矛盾に対抗するために不可欠なのが、「データハイジーン(Data Hygiene)」という概念である。データハイジーンとは、データの正確性、一貫性、最新性を維持するために行われる継続的なプロセスを指す。これは、一度きりのデータクレンジングプロジェクトとは異なり、持続的にデータの汚染を未然に防ぎ、問題を早期に検知し、迅速に修正するための、規律ある日常的な活動である。

 自動化ツールを導入する企業は、その効率化の恩恵を最大限に享受するために、同時にデータハイジーンのプロセスを確立する責任を明確化する必要がある。テクノロジーへの投資は、それを支えるデータガバナンスへの投資と対になって初めて意味をなす。自動化の推進とデータ品質管理は、車の両輪なのである。
  
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データ劣化という時限爆弾とコンプライアンスという重責

 BtoBデータは、静的な資産ではない。それは常に変化し、劣化し続ける「生もの」である。同時に、そのデータは法的な規制の下にあり、企業は厳格な管理責任を問われる。


▶︎BtoBデータが持つ変化の速さ

 BtoBデータは、驚くべき速さで陳腐化する。企業の担当者は異動・昇進・退職を繰り返し、企業自体も社名変更・移転・M&A(合併・買収)を絶えず行っている。昨年正確だった顧客リストも、今日ではその多くが古くなっている可能性がある。

 古いデータに基づいたアプローチは、機会損失やリソースの無駄遣いに直結するだけでなく、重要な連絡が届かないといったビジネスリスクにもつながる。データの「最新性(Up-to-dateness)」を維持することは、データ品質管理における永続的な課題である。


▶︎一意特定という法的要請

 データ品質は、法規制遵守、特に個人情報保護法への対応と密接に結びついている。日本の個人情報保護法では、法人の代表者情報や取引先担当者の氏名、連絡先といった情報も「個人情報」に該当すると明確に定義されている。同法は、本人からの開示、訂正、利用停止などの請求に対応する義務を事業者に課している。

 この義務を果たすためには、社内のあらゆるシステムに散在するデータの中から、特定の個人を一意に特定できる能力が不可欠である。しかし、名寄せが不十分で同一人物のデータが重複して存在する場合、どのデータが本人に対応するものなのかを正確に把握することができない。これにより、本人からの要求に適切に対応できず、法規制違反のリスクを抱えることになる。

 顧客IDのように、特定の個人を識別できる情報に紐づいたデータは、他の情報と容易に照合可能であると見なされ、全体として個人情報としての管理が求められる。データ品質を確保し、個人を一意に特定できる状態を維持することは、もはやマーケティング上の要請であるだけでなく、企業が果たすべき法的責務なのである。

 このように、データ品質の欠如は、見えないところで組織の体力を蝕む「組織的負債」であると言える。それは、すべてのマーケティングキャンペーン、すべての営業活動、すべての戦略的意思決定に課せられる「見えざる負債」のようなものだ。

 この負債を放置すればするほど、リソースの浪費、機会損失、コンプライアンス違反のリスクという形で「利子」が複利的に膨れ上がっていく。データクレンジングや品質管理への投資を単なる「コスト」としてではなく、この「負債を返済」し、組織の財務健全性を高めるための戦略的投資として捉え直すことが、経営層にその重要性を理解させるための鍵となる。

 後編では、いかにしてデータ品質を維持していくのかについて、具体的な施策を交えて説明したい。
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