企業におけるマーケティングの役割と重要性が増す一方、「マーケターの仕事はAIに奪われるのでは」とも囁かれる昨今。そんな変革期にマーケティング領域で働く若者は何を考え、どう行動しているのか。

 次世代を担う「ライジングスター」にフォーカスし、彼らの多彩な思考や行動を探ることでマーケティングの近未来を照射するAGENDA Note.の本連載。34回目となる今回は、スポーツ専門のストリーミングサービス「DAZN(ダゾーン)」の熊谷英樹氏に取材。大手消費財メーカーでの経験も武器に、急成長するDAZNで新しいスポーツ体験価値を創出しようと模索する熊谷氏の奮闘に迫った。
 

花王で培った基盤


―― 熊谷さんは2018年に新卒で花王に入社され、2022年にDAZNに転職されてきたと伺いました。マーケターを志した理由を含め、経緯を教えていただけますか。

 米国の大学でマーケティングを専攻し、マーケターを志しました。マーケティングに感じた一番の魅力は、顧客にとっての価値提案をきちんと定義できることです。単に販促するのではなく、顧客自身がまだ言語化できていないニーズも含めてインサイトを捉えたうえで、価値を設計し、適切な形で届けていく。そんな仕事がしたいと思い、花王に入社しました。最初はデータサイエンスを担当しました。この連載に登場していた瀧柳さんとも一緒に仕事をしました。データを駆使したブランドの横断的支援、EC戦略の構築、市場調査のサポートなどを通して、デジタルマーケティングとデータ分析の基礎を身に付けました。その後、ヘアケアブランドのマーケティングを担当しました。

 消費財は、マーケティングの質が成果に直結しやすい商材です。花王では顧客理解を何より重視しながら、各商品の機能的・情緒的価値とターゲットを的確に捉え、顧客の購買・使用シーンの中で選ばれる状況をつくる施策へ落とし込む——このサイクルを実務として経験できました。花王で積んだ日々は非常にやりがいがあり、今でもマーケターとしての確かな基盤になっています。当時ご一緒した皆さんには今でも感謝していますし、ありがたいことに、今も交流させていただいています。

―― なぜDAZNに来られたのですか。

 3つ理由があります。ひとつ目は、より早い段階から意思決定に深く関わりたかったことです。日本の大企業では、若手の裁量がどうしても限定されやすく、戦略を考えても最終判断までは担えない場面が少なくありません。花王で得た経験は今でも大切な財産ですが、当時の私は「打席に立ち続けたい」「決断に携わり、結果まで責任を持ちたい」という思いが強くなっていました。その点、DAZNは一人ひとりの裁量が大きく、年次に関係なく意思決定と責任を担う「リーダー」として動くことが求められます。そこに強く惹かれました。

 2つ目は、225以上の国・地域でサービスを展開するグローバル企業で働いてみたかったことです。日本市場だけで完結するのではなく、グローバルのチームと連携しながら、スピード感を持って価値をつくりにいく環境に身を置きたいと考えました。

 そして3つ目は、私自身が以前からスポーツ、特にサッカーが好きでDAZNのユーザーでもあり、「スポーツの力で日本を元気にする」という理念に共感したことです。自分が心から好きな領域で、マーケターとして価値づくりに関われることは大きな魅力でした。
 
DAZN Japan マーケティング マネージャー
熊谷 英樹 氏

 DAZNに転職して最初に担当したのは、サッカーのゴールシーンなどをコレクションできるNFTプラットフォームにおける、マーケティングおよび販売戦略の設計でした。これはグローバルに先駆けて日本で立ち上がった新規事業でもあり、ゼロから価値を定義し、どう市場に届け、どう購入につなげるかを考える経験を積むことができました。実際に手に取ってくださったお客さまには、感謝の気持ちしかありません。

 一方で、ほどなくしてプラットフォーム自体がクローズすることになり、ユーザーへの返金を含む関連業務も担当しました。ビジネスとしては苦い経験でしたが、事業を終える局面でも最後まで責任を持ってやり切ることの重要性を学べたことは、結果として大きな財産になったと感じています。

 2年目には、通信キャリアやインターネットテレビ局など、DAZNのコンテンツをユーザーに届けてくださるパートナー企業のマーケティング支援を主に担当しました。単なる販促の実行ではなく、DAZNとしての獲得・視聴の戦略と連動させながら、各パートナーが持つ強み、たとえば会員基盤、メディア接点、プロダクト上の導線、ユーザーとの接点のつくり方を理解したうえで、最適なマーケティング設計に落とし込んでいく仕事です。

 たとえばJリーグ開幕のような「モーメント」に合わせて、スポーツファンに効果的にリーチできるコミュニケーションや導線をパートナーと一緒に設計し、施策の組み立てから改善まで一気通貫で取り組んできました。そうした経験を経て、現在は社内のマーケティング全般を担う職掌に移り、より広い視点で事業成長に向き合っています。

―― 転職3年目にして多彩な業務を経験してこられたのですね。現在のお仕事内容を教えてください。

 DAZNのサービスの大きな特長は、私たちが「4大スポーツ」と位置づけているサッカー、プロ野球、バスケットボール、ラグビーを中心に、ひとつのプラットフォームで幅広く楽しめる点にあります。加えて、配信プラットフォームだからこそ、テクノロジーを生かして視聴体験をアップデートし続けられることも強みだと感じています。だからこそ、各スポーツ単体の戦略に加えて、スポーツ全体を横串で捉える戦略、さらに体験価値をどう高めていくかまで含めた設計が必要になります。

 たとえば、もともとはサッカーだけを観たいと思っていた方でも、家族やパートナーがプロ野球やバスケ、ラグビーを観るなら「自分も他の競技も観てみよう」と感じて加入してくださるケースがあります。そうした競技間の連動をつくりながら加入意向を高めていくために、プロモーションやクリエイティブの戦略を設計するのが現在の仕事です。同時に、プラットフォームならではの特徴も踏まえながら、ファンが自分に合った楽しみ方に出会えるきっかけをつくることも意識しています。

 その際に重要になるのが、各競技の関係団体・リーグとの協業です。国内サッカーであればJリーグ、海外サッカー、そしてラグビーであればリーグワンなど、パートナーの皆さまと連携しながら、スタジアムに来られない方にはDAZNで試合を楽しんでもらう提案を行い、逆にスタジアムに来ている方にもDAZNならではの楽しみ方を広げていく。そうした取り組みを通じて、スポーツファンの裾野とDAZNの利用者の双方を広げていくための戦略・施策に取り組んでいます。