クラブと二人三脚


―― 印象に残ったプロジェクトはありますか?

 4年に1度開催されるFIFAクラブワールドカップ(クラブW杯)2025(2025年6~7月開催)の全試合を、DAZNが全世界で独占無料配信したことは、会社としても個人としても大きなターニングポイントになりました。日本オフィスとしてのミッションは大きく2つあり、私はその中でAPAC領域を中心に、グローバルと連携しながら推進しました。

 ひとつ目は、刷新されて初開催となるクラブW杯そのものの認知を高めることです。参加クラブ数が大幅に拡充し、クラブサッカーの最高峰として生まれ変わった大会であること、そして「無料で視聴できる」機会であることを、より多くの人に届ける必要がありました。DAZNのグローバルチームやFIFAと連携し、グローバルのマーケティング方針やクリエイティブを日本市場向けにローカライズしながら、露出設計とコミュニケーションを組み立てていきました。具体的には、日本から出場する浦和レッズ、そしてJリーグとも協力し、「Jリーグクラブが世界に挑戦する」という文脈や、巨額賞金に象徴される大会のスケール感を伝えることで、サッカーファンはもちろん、普段サッカーを見ない層にも関心を持ってもらえるプロモーションを目指しました。

 もうひとつのミッションは、参加クラブと連携した各国でのプロモーション支援です。認知拡大にはDAZNとFIFAだけでなく、参加する各クラブが自国のファンにどれだけ発信できるかが重要になります。32クラブが参加する中で、私は浦和レッズに加えて、APACの複数クラブ(韓国、ニュージーランドなど)を担当し、各クラブと一緒にマーケティング施策を検討しました。特にニュージーランドのクラブは、これまで関わってきたプロクラブとは組織規模や運営の前提が大きく異なり、最初は戸惑うこともありました。ただその分、相手の実情を理解したうえで「実行できる形」に落とし込む重要性を学べた経験でもありました。

―― ニュージーランドのクラブはどんな点が独特だったのですか。

 ニュージーランドにはプロリーグがなく、出場するオークランド・シティの選手もアマチュアで、本業は消防士という人もいました。スタッフはボランティアが3人いるのみで、100人や200人規模で構成されるヨーロッパのクラブとは全く違います。さらに、日本ではあまり実感がないかもしれませんが、世界的には「DAZNはボクシングを配信する会社」という根強いイメージがあります。デジタルの浸透度もニュージーランドは他国とは異なり、プロモーションはスタジアムでの露出が重要になります。こういった先方の体制や地域性をきちんと踏まえて、効果的なプロモーション施策を練り上げ、実行してもらう必要がありました。

―― どのように乗り越えたのですか。

 まずは、現地スタッフの信頼を得るところから始めました。オークランド・シティはクラブの体制やリソースが、ヨーロッパのトップクラブとは前提から大きく異なります。だからこそ「グローバルの型をそのまま当てはめる」のではなく、彼らの実情に合わせた勝ち筋を一緒に設計する必要がありました。

 最初にお伝えしたのは、私自身がこのプロジェクトにしっかりコミットし、クラブ側の負担を一方的に増やすのではなく「ワンチーム」で最後まで伴走するということです。そのうえで、DAZNが世界各地でサッカーを届けてきた実績があり、クラブW杯をより多くの人に見てもらうことで、クラブの認知拡大やファン接点の増加、ひいてはスポンサー価値の向上にもつながり得る、という点を丁寧に共有しました。さらにグローバルチームからも助言をもらい、他国での成功事例やデータを示しながら、現地が求めていることと、私たちが目指す方向が一致していることを具体的に理解してもらうよう心がけました。

 通常は週1回の定例が基本ですが、立ち上がりの段階は週4回のペースで打ち合わせを重ねました。時差の関係で、こちらは深夜3時頃になることも多かったです。一定の信頼関係ができてからは、スタジアムでのアナウンスや看板の文言など、具体的な施策のすり合わせに入りました。彼らだけでは手が回らない部分については、こちら側の支援体制も整えながら、「オークランド・シティ向けのプロモーション戦略」をワンチームでつくり、実行まで伴走しました。

 そうして迎えたクラブW杯は、グローバルで史上最多となる約30億人が視聴し、初の大規模なグローバルプロジェクトとして成功裏に終わりました。

―― 草の根から信頼を得ていった素敵なエピソードですね。一連の業務から得た学びややりがいはありますか?

学びは、大きく2つあります。

 ひとつ目は、相手の前提に合わせて「一緒に勝ち筋をつくる」ことの重要性です。体制や文化、使える手段が違うと、同じフォーマットでもそのままでは機能しません。まず相手の状況を理解し、現実的に実行できる形に落とし込みながら、目指す方向を揃えていく。そこまでやって初めて信頼も成果も生まれると実感しました。

 2つ目は、DAZNはスポーツファンの皆さんに支えられて成り立っているということです。スタジアムや現場に行くと、ファンの熱量や文化を肌で感じられますし、「スポーツで日本を元気にする」という理念が、届け方次第で人の気持ちや日常を動かし得るものだと改めて感じました。

 やりがいとしては、そうしたファンの熱量を支えるパートナーとワンチームになりながら、現地に根ざした形で施策を作り上げ、実行まで伴走できたことです。大きなプロジェクトの中でも、現場に寄り添ってひとつずつ積み上げていくことが、より良い体験につながる。その手応えが、いまの仕事のモチベーションになっています。

―― 今後の目標を教えてください。

「スポーツで日本を元気にする」という理念を踏まえて、何よりスポーツに興味を持ってくださる方を増やすのが大きなテーマです。現在の当社のサービスでは「観戦」が主な体験ですが、今後は「参加」や「応援」という体験もしっかり合わせていけるよう取り組んでいます。すでに実装されていますが、「今日のMVP」をDAZN視聴者に投票してもらって現場でインタビューするシステムがあります。このように、スポーツを単にデジタル上で観るだけのものではなく、ユーザーとの総合的なコミュニケーションと捉えて、ユーザーがスポーツにより強くエンゲージメントできる環境の創出が、さらに求められると思います。

 そのためにはテクノロジーの活用も重要です。たとえばヘッドセットを使って試合の中に自分がいるような没入体験、データを可視化することで選手の凄さを実感してもらう体験なども考えられます。今まで以上に新しいスポーツ体験価値を提供できれば、スポーツを楽しむ人の裾野が広がり、エンターテインメントとしてのスポーツの幅もさらに拡大していくはずです。これは会社の方向性とも一致していると感じているので、今後も追求していきたいです。

―― 最後に、業務の支えになっているご自身の「強み」や、リフレッシュ方法はありますか?

「自分で目標を立てて絶対に達成したい」という思いが強いです。もちろんグローバルとのすり合わせや調整も重要ですが、個々人の裁量権が非常に大きく、マーケティングチームが旗振り役としての役割を担うことも多い当社では、データで方向性を示すスキルも含めて、自分の性格や得意分野はマッチしているのではと思います。

 日常ではあまり感情が動かないタイプなのですが、スポーツ観戦やライブ鑑賞で非日常の熱狂感を味わうのが好きです。そういう時は「仕事」と思わずに純粋に楽しむように心がけていますが、結果として流行やインサイトを知ることにもつながっています。たとえば、私はバスケには詳しくなかったのですが、観戦するようになって女性の観客が多いことに驚きました。スポーツによってユーザーのインサイトも消費行動も全く違うので、自分の趣味の幅を広げつつ、ユーザーの心を動かす仕事にも生かしていきたいです。

―― 本日はありがとうございました。
 

【上司の視点】データセントリックとファン目線が大きな強み

 
DAZN Japan Head of Marketing
石橋 宗樹 氏


 当社のビジネスを取り巻く環境は非常に変化が激しく、予想が難しい要素が非常に多いながらも、熊谷さんは社内外のさまざまなステークホルダーとコミュニケーションをとりながら、持ち前のデータセントリックなマインドで業務を着実に進めてくださっています。その視点に加えて、彼が個人として持っている「一ファンとしての目線」、これが大きな強みになっていると日々実感しています。データで物事を俯瞰して見ながらも、その背後にいる一人ひとりのお客さまの想いや目線を忘れない姿勢、それこそが複雑でチャレンジの多い業務を素早く着実に進めてくれている原動力になっているのだと思っています。

 当社は2026年からさらに大きな飛躍の時期を迎えます。そんな中、彼が中核メンバーとしてさまざまな領域をリードし、スキルや経験を磨いていただくことで、会社の理念である「スポーツで日本を元気にする」が実現した景色を一緒に見たいと思っています。
  
感情を露わにせず、クールな雰囲気を醸す熊谷氏。同僚に英語で話しかけられても日本語で返すマイペースぶりも愛されポイントのひとつ。
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