次世代を担う若手マーケターが集まる「ライジングアジェンダ2025 」が6月12~13日、都内で開催された。今年で4回目の開催となった本カンファレンスのテーマは「『市場創造』できるマーケターを目指すには?」だ。

 公式セッションには、DECENCIA(ディセンシア) 代表取締役社長 西野英美氏が登壇。UCCジャパン 執行役員 サステナビリティ経営推進本部の里見陵氏がモデレーターを務め、西野氏が実現してきた価値創造・市場創造のエピソードを振り返りながら、その実現を支えたスキルについて考察した。

 西野氏は「マーケティングの基本」をどのように実践して市場創造を実現してきたのかを紐解くとともに、現場・部長職・経営者とあらゆる立場から市場創造に向き合ってきた経験を踏まえ、各フェーズで必要なマインドや、組織を巻き込んで変革を進める際のポイントにも言及した。
 

新しいものを生み出す=市場創造ではない


里見 本日のテーマは「市場創造できるマーケター」です。世の中がこれだけ進化している今、全く新しい市場を生み出すのはなかなか難しくなってきているのが現状ではないか?とも感じています。まずは、西野さんが考える「市場創造」について教えていただけますか?

西野 具体的な例を挙げて説明したいと思います。

ポーラは「リンクルショット メディカル セラム」という商品を2017年に発売しました。これは、国が初めてシワを改善する効果・効能があると認めた画期的な商品で、唯一無二の存在。当時の価格は約1万5000円でした。

市場の広がりは、いろいろなブランドから、さまざまな商品が投入され活況を呈したことが大きく、その後オルビスが5000円を切る手の届きやすい価格で、ディセンシアは敏感肌の方に向けて、シワ改善美容液を発売しています。

ポーラがシワ改善の市場に風穴を開け、オルビス、DECENCIAをはじめ、多くのブランドが市場を盛り上げていき、これは、ひとつ新しい市場を創造したと言えるのではと考えます。

同じように新しい商品を世に送り出した例として、オルビスの「オルビス ディフェンセラ」があります。これは「飲むスキンケア」としてトクホ(特定保健用食品)を取得した初めての商品です。しかし、新奇性は高かったものの、同様の訴求の商品投入は活性化せず、市場創造まではあと一歩と苦労しました。

つまり、市場創造とはゼロイチ、新しいものを生み出しさえすれば必ず成功するわけではなく「いつ、どこで、どういう価値を提供するか」が重要なのだと考えています。
 
株式会社DECENCIA
代表取締役社長
西野 英美氏

・2002年 オルビス株式会社 入社
・2014年 ブランドの基幹スキンケア 『オルビスユー』 の初代ブランドマネジャーを務め、2018年 商品企画部長に就任。リブランディングでは、スキンケアを軸とした商品強化を指揮。
・2020年 同社執行役員就任、2023年 取締役就任(サステナビリティ推進室長も兼務)
・2025年 グループ会社である株式会社DECENCIA 代表取締役社長に就任

里見 確かに、他社の追随がないと新たな市場の創造は難しいですね。西野さんが考えられる市場創造には重要なポイントはどういったものか、具体的に教えてもらえますか。

西野 大きく三つあると考えています。一つ目はパーセプションチェンジ(認知のされ方の変化)とリブランディングです。オルビスの事例に沿ってお話ししたいと思います。

皆さんに持ち帰ってほしい考え方は「お客様のうれしさを的確に捉え、アセットの上に強みを発揮すること」です。これを念頭に置きながら話を聞いていただければと思います。
  

オルビス元代表の小林琢磨(現 ポーラ代表取締役社長)は、「リブランディングは『構造改革』だ!」と言い切ります。当時オルビスの商品企画部長だった私は、リブランディングの中で、創業時の原点に立ち返り、ずっと大事にしてきたものを掘り起こすような、磨いていくような作業で、商品設計を行いました。過去のカタログを見返す中で、オルビスというブランドのコアである「その方の肌の力を信じて引き出していくこと」や「その方らしい年齢の重ね方」が非常に重要だと分かり、それを軸にリブランディングを推し進めました。

生活者からのイメージは大きく変わり、「1000円台の商品」から、「3000~4000円でも価値がある」と認めてもらえるブランドを築けたことは、とてもうれしく思っています。その結果、大幅な売上の向上にもつながりました。また、常に市場で競争している意識を持ち続け、ベストコスメなどの外部評価も大切にしながら、美容業界におけるブランドの立ち位置を少しずつ変えてきました。

リブランディング前は、ボディウェアや洗剤、ダイエット商品、コラボ商品など、さまざまなジャンルの商品を取り扱い、「いろいろまとめてたくさん買っていただく」というスタンスでお客様と接していました。しかしリブランディング後は、スキンケアを軸に「肌の悩み」にフォーカスし、買うものをお客様に委ねるのではなく、私たちが提供する価値を明確に示す姿勢に変わりました。

プロモーションの面でも、以前はシーズンごとに注力する商品を変えていましたが、現在は主力スキンケアは、通年で継続的に訴求していく見せ方に工夫しました。また、SKU(在庫管理の最小単位)も効率化を図りながら、「選択と集中」を積み重ね、ブランドの資産として確実に蓄積されてきたと感じています。

里見 かなり大きな構造改革ですね。これまで幅広いジャンルでトップラインを伸ばしてきた現場の社員からは、反発もあったのではないでしょうか?

西野 もちろん、一度説明しただけでは組織や人は変わりません。代表をはじめとする上の立場の人間から、とにかく構造理解を促進するレクチャーを何度も行いました。地道な積み重ねの結果、少しずつ意識が伝わっていったと考えています。
 

「思想起点」で、すべてのものづくりを行う


里見 二つ目のポイントについても教えてください。

西野 ブランドのコアをどのように商品に落とし込んでいったのかをお話ししたいと思います。先ほどもお話ししたようにオルビスのコアは「その方の肌の力を信じて引き出していくこと」「その方らしい年齢の重ね方」です。まずはこれを「SMART AGING(スマートエイジング」という言葉に落とし込みました。
  

シワ改善の事例でお話しした通り、同じ成分が入っていても、価格が1000円のものもあれば1万円のものもあるのが化粧品業界です。そのため、単なる機能ではなく、その先にある資産的価値を意識しながら、ブランドの思想をとことん昇華したものづくりを行うことを重視しました。

ブランドに関わる人がその商品の思想、資産的価値を一番熱く語ることができないと、お客様に伝えることなど到底できないと考えたからです。

里見 具体的にはどのように行ったのですか?
 
UCCジャパン株式会社
執行役員 サステナビリティ経営推進本部
里見 陵氏

UCCホールディングス執行役員(特命担当 兼 コーポレートコミュニケーション室担当 兼 サステナビリティ推進室担当)、UCC上島珈琲 取締役副社長(マーケティング本部長 兼 経営管理本部担当 兼 女性活躍推進担当)
1981年生まれ。大学卒業後アーサー・D・リトル、A.T.カーニーにて主に製造業の経営コンサルティングに従事。クライアントの外資系消費財メーカーにおける経営企画、国内営業責任者、アジア統括ブランドマネージャーを経て、B2Cサービススタートアップにて営業、マーケティング、事業開発の責任者を経験。2017年6月UCCホールディングスに入社。執行役員CSO等を経て2022年1月より現職。
趣味は料理、読書、バスケ、食べ歩き飲み歩き、サウナ、アウトドア、登山、散歩、音楽フェス、旅。

西野 「機能起点」ではなく「思想起点」の考え方を取り入れました。例えばクレンジング商品で考えると、機能的価値はメイク落ちの精度ですよね。「機能起点」はこういった「メイクを落とす」という機能的価値の発想から始まり、具体的な機能を起点として訴求方法や剤形、容器など商品の開発を進めます。

一方で「思想起点」は、ブランドの思いを起点に商品開発を行います。クレンジング商品についてインタビューなどをした結果、疲れた一日の最後に、力を振り絞ってクレンジングをしているお客様の様子が浮かび上がりました。そこから、コアである「SMART AGING」を踏まえて、社員から「クレンジングを『しなければいけないもの』から『その時間さえも癒しにできるもの』にしたい」という発想が生まれ、「頑張った自分に頑張らない時間を」というコンセプトが生まれました。それを実現する機能として出来上がったのが「ほぐしていく」「癒し」を重視したテクスチャーや容器だったのです。

里見 機能起点の考え方が根づいている人たちが思想起点で物事を考えるのは容易ではないように思います。経営側が諦めずにやり続けたのか、それとも何か教育をしたのか、実践のポイントは何だったのでしょうか?

西野 コアとなる考え方を「SMART AGING」と定めて、私がものづくりを管掌していたので、思想起点で商品を語ることができるかどうかを商品開発の過程で常にチェックしていました。

里見 思想起点の商品開発によって、市場が創造されたという手応えは得られましたか?

西野 はい、確かな手応えを得ることができました。評価軸は、必ずしも売上だけでなくてもいいと思います。オルビスの場合、ベストコスメの獲得が大幅に増加し、美容のプロからより注目いただけるようになったこともそうですし、美容メディアがオルビスの商品について発信してくれるようになったことも評価軸としており、ブランドを確立し、市場をつくることができていると捉えています。
 

「お客様のうれしさ」の解像度を上げる


里見 三つ目のポイントについて教えてください。

西野 ブランドとして思想がブレないことはとても重要です。一方で、「お客様の行動が変わらなければ、1円にもならない」ことも常に意識しなければいけません。お客様の行動を変える、つまりブランドを選び取り買っていただくためには、やはりお客様について詳しく知ることが大切です。

例えば「40代女性・敏感肌」とひとくくりにすることは簡単ですが、「何をきっかけに敏感と感じたのか」「どういう肌になりたいのか」、あるいは美容への投資の考え方、ライフステージやライフスタイルなどは人それぞれ異なりますよね。雑にくくってしまうことは、良い事業活動につながらないと思っています。

里見 確かに、押しつけ感が出てしまいますよね。

西野 「ノーではないけれどもイエスでもない」だと、結局は誰にも刺さりません。例えば、くすみケアアイテムの企画書には、「ターゲットは、スペシャルケアシリーズ未購入の30-40代女性」などと記載されることが少なくありません。しかしそこで止まってはいけない。「なぜくすみが気になるのか」「くすみを気にするようになったきっかけは何か」など、くすみをケアすることで解決したいものは何なのか、解像度を上げていく必要があると思います。

社員から企画書を受け取ったとき、私は「これは、お客様にとって何がうれしいの?」という質問をよくします。すると、言葉に詰まったり、逆に長々と話し始めたりします。企画者が端的に言い表せないものは、お客様に刺さるはずはありません。商品・サービスを設計していく際には、お客様が置かれたシーンや、背景に持っているストーリー、抱えている課題、商品・サービスを使った先のうれしさなどが人それぞれ異なることを、きちんと押さえて考えることが重要です。

皆さん、そういったことを普段の生活の中では普通にやっていると思うんです。例えば、「アイス」という商品一つとっても、喉が渇いた時にさっぱり食べたいものと、冬の夜に暖かい部屋で一人でゆっくり食べたいもので、選ぶ商品は異なりますよね。ビールも、一日の終わりに一人でゆっくり嗜みたい時のビールと、打ち上げで皆でワイワイと飲むビールは異なるでしょう。同じ商品でも、シーンによって価値やうれしさは変わります。

背景に持っているストーリーによっても、商品の価値やうれしさは変わります。例えば、おもちゃは子どもにとって「◯◯ちゃんが持っている」あるいは「流行っている」などが選ぶ基準になるかもしれません。一方、親御さんとっては「片付けやすい」「喜んで片付けてくれる」といったうれしさが選ぶ基準になるかもしれません。

里見 最後に、皆さんにメッセージをお願いします。

西野 最近、「ディセンシアのクリームのおかげで、ずっと怖かった美容にチャレンジできるよ。ありがとう」というXの投稿を見つけました。DECENCIAによって美容を楽しむことができたというこの内容は、「肌の不公平をなくしたい」というパーパスや「生きやすい明日をとどける」という企業理念がきちんと商品に落とし込まれていて、価値を発揮できていることの証しだと自負しています。

皆さんも、自分はなぜ今の会社にいるのか、何に熱量を捧げたいのか、それぞれの思いを持っているでしょう。どうか、その思いを忘れずに、日々のマーケティング活動に臨んでいただきたいと思います。