マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている研究者の学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による本連載では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。
生成AIのような新しい技術が出てきた時、マーケターはどのように向き合えばいいのか。前回の記事では、米国の経営学者マイケル・ポーター氏が40年前の論文で発表した新技術活用の思考法「4ステップ」を紹介。今回はこの思考法を基盤に、生成AI普及で現実味が増す「顧客対応エージェント」がマーケティング・コミュニケーションに与える影響と求められる企業の対応について、及川氏が直近発表した論文をもとに考察する。
生成AIのような新しい技術が出てきた時、マーケターはどのように向き合えばいいのか。前回の記事では、米国の経営学者マイケル・ポーター氏が40年前の論文で発表した新技術活用の思考法「4ステップ」を紹介。今回はこの思考法を基盤に、生成AI普及で現実味が増す「顧客対応エージェント」がマーケティング・コミュニケーションに与える影響と求められる企業の対応について、及川氏が直近発表した論文をもとに考察する。
AIで進む既存活動の効率化…それだけでいいの?
「デジタル情報技術の普及により、マーケティングはどのように変わるのか」ービジネススクールの受講生の方々とこのテーマについて議論をするようになってから、そろそろ10年になります。この議論を始めた頃の受講生の方々の関心においては、それぞれのビジネス固有の問題意識に基づいて、着目するデジタル情報技術とその活用方法も比較的多様でした。しかしここ2、3年ほどは「生成AI」に議論が集中するようになっています。
そんな中でよく耳にするのは、生成AIの対話機能に着目し、「壁打ち」や「ペルソナ」として使う活用法です。マーケティング活動の前提となる顧客インサイトを広げたり深めたりする「企画の支援」や「調査の代替」、クリエイティブ表現の制作のプロセスを効率化させたり、自動化させたりする「制作の代替」、顧客対応のサポートのFAQのマニュアルを整備するなど「マニュアル作成の支援」あたりが多いかと思います。さらに、私のゼミでは、エンジニアのゼミ生が、生成AIのプログラムコードの生成機能を活用して、研究のタスク管理や数多くの先行研究の文献の管理を鮮やかにこなしていて、私も受講生の皆さんから技を学ぶことが多々あります。
「企画の支援」や「調査の代替」「制作の代替」「マニュアル作成の支援」あるいは「プログラミング」といったアプローチはいずれも、既存の活動を効率化することが期待され、その実績も確認され始めています。その一方で、これらの観点は、「既存の活動自体がこれまでのように価値を創出し続けるのかどうか」や、「これらの活動を通じて連携するパートナーとのエコシステム自体が、これまでのように安定して自社にベネフィットをもたらし続けるのかどうか」といった問いには、答えることが難しそうです。
「顧客対応エージェント」がプレイヤーの力関係の鍵を握る
こういった問いに対して答えを探るために、前回、新しい技術のビジネスへの意味合いを考察するのに使えるフレームワークとして、ポーターの「4ステップ」を紹介しました。このフレームワークを使って考えてみると、どのような意味合いが見えてくるでしょうか。
AIエンジニアの鎌田啓輔さんと私が書いた論文「生成 AI がマーケティング・コミュニケーションにもたらす変化― ブランド企業とプラットフォーマー・消費者の間の力関係はどうなるか ―」を使いながら、まずは、マーケティング・コミュニケーションの部分にフォーカスして考えてみましょう。
この論文では、前回「AI活用が『議事録作成』で終わっている人へ マイケル・ポーターが40年前に言い当てた新技術を活用できる思考法とは」で紹介した、①情報技術は何を可能にするのか、②活動においてどのように活用されるか、③プレイヤーにどのように影響するか、④力関係はどのように変わるかーーの4ステップを援用し、プレイヤーを「ブランド企業、プラットフォーマー、消費者」の三者とした考察を展開しています。
この考察によると、④の「力関係」を変えうるようなインパクトは、どうやらAIが顧客からの問い合わせやサポート依頼に対して、自動化もしくは最適化して個別に対応するシステム、つまり「顧客対応エージェント」がもたらしうるようです。
現時点では「ハルシネーションが解決できない」といった理由から、人間が介在することなく生成AIや推論AIが生成した対話を実行するエージェントに、直接、消費者対応をさせることに慎重なブランド企業も多いです。しかし、顧客対応エージェントを活用することで、これまで人間が対応すると、商品のマージン率によってはコスト的な合理性が担保できなかった、購買検討の初期の消費者への対応や、購買後のサポートといった対応を、強化できる可能性があります。特に購買の初期の顧客への対応においては、これまで広告を掲載・配信するメディア事業者やプラットフォーマーに頼らざるを得なかった対応を、ブランド企業でもある程度できるようになります。
その一方で、ブランド企業と消費者の間を仲介する既存のプラットフォーマーは、彼らのサービスに顧客対応エージェントを組み込むことによって、自らが介在する価値を維持・強化しようとするでしょう。あるいは、顧客対応エージェントに強みを持つ新たなプラットフォーマーが、ブランド企業と消費者の間を仲介するポジションを狙い、確立する可能性もあります。




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