サントリーホールディングスの新浪剛史会長が9月1日付で辞任した。同時に、海外から違法な成分が含まれた製品を輸入した疑いで、福岡県警による捜査が進んでいる。本件は、いわゆる“フジテレビ問題”に続く大型不祥事として、企業のリスク対応とレピュテーションマネジメントを考える上で重要な示唆を含んでいる。

 サントリーHDは非上場企業であり、株主への直接的な説明責任を負わない。しかし、取引先・金融機関・従業員・消費者といった幅広いステークホルダーとの関係が信頼の基盤であり、危機広報の成否が企業存続にも直結する。
 

初動対応の評価

 辞任発表と記者会見は、危機広報の初動として迅速に実施された。事件や不祥事が報じられてから時間を置かずにトップ交代を可視化したことは、「危機から逃げない」というメッセージを社会に示す点で模範的であったと私は考えている。さらに、質疑応答でも予想される質問を避けずに受け止めた姿勢は、形式的であっても誠実さを印象づけ、一定の評価に値するだろう。

 しかし課題もある。最大の懸念は「責任の線引き」が曖昧だったことである。発表では「本人の不祥事」というニュアンスは伝わったものの、どこまでが個人の逸脱で、どこからが組織としての統治不備なのか、切り分けて語られてはいなかった。この境界を不明確にしたままでは、「組織ぐるみだったのではないか」「経営陣は黙認していたのではないか」という憶測を生みやすい。

 危機広報の対応において、たとえ事実が限られていても最低限以下のメッセージを盛り込む必要がある。

• 本人の行為は会社の業務とは直接関係がない
• ただし、経営トップの不祥事として組織全体も統治責任を痛感している
• 再発防止策を外部の検証を含めて実施する


 「個人責任」と「組織責任」の二層構造を明示することは、世論に対して「責任を矮小化していない」と伝わり、社内外のステークホルダーには「組織として対応している」という安心感を与えることへとつながる。長期的信頼回復には、この切り分けが不可欠なのだ。

 

捜査進行中に企業がとるべき対応

 もっとも、警察による捜査が続く段階では、公表できる情報は必然的に制限される。その間、広報部門が担うべきは「沈黙」ではなく「準備」である。

• 新たな報道や証拠開示に備えて、複数パターンの声明草案を事前に準備する
• 海外市場やグループ上場会社(サントリー食品インターナショナル等)への説明体制を整備する
• 取引先・金融機関・従業員に向けた情報共有を一元化し、動揺や憶測を防ぐ


 危機下で最も避けるべきは「その場しのぎ」での情報発信である。危機管理広報の用意を含めた事前の合意形成とシナリオ準備の有無が、のちの対応速度と信頼維持を大きく左右することになる。


出典:123RF
 

短期・中長期の影響と対応

 サントリーHDは非上場企業のため株価の変動はない。しかし、短期的には取引先の信用不安、金融機関の姿勢の硬化、グループ上場会社への波及といったリスクは潜在している。これを抑えるためにも、「事業活動は平常通りである」ことを日常的に発信し続けることが必要だ。仮に今後沈黙が続くと「内部が混乱している」という憶測を拡大させることとなる。

 中長期的には、ガバナンス強化が避けられない。非上場企業では株主からの直接的な監視は弱いが、だからこそ外部からの透明性要求は強まる。第三者調査委員会の設置や社外取締役の関与をどこまで可視化できるのかが、信頼回復の分岐点となる。単なる規程改訂にとどまらず、プロセスそのものを公開できるかどうかが問われる時代だといえる。