AI時代に問われる「真実性」
審査の過程で特に議論が白熱したのは、AIの正しい活用と、キャンペーンにおける真実性でした。
今年6月、Cannes Lions 2025でグランプリを受賞したDM9 Sao Pauloの「Efficient Way to Pay」キャンペーンが、ケースフィルムにAIで加工されたコンテンツを使用していたことが判明し、グランプリが取り消されるという衝撃的な事件がありました。
この影響で審査員たちは、提出作品のデータに虚偽や誇張がないか、AIの活用が本当にキャンペーンに適しているか、単なる技術自慢に終わっていないかについて、多くの意見を交わしました。
私はそうした議論の中で、華やかなテクノロジーよりも、ブランドの真摯なメッセージや実質的な社会貢献が際立つキャンペーンに、より一層注目するようになりました。その観点で、私が個人的に印象深く感じたのは、VML Thailandの「Flooded Room」キャンペーンです。

近年、タイ北部は30年ぶりとなる甚大な洪水被害に見舞われ、数千世帯が家屋や生計に大きな損害を受けました。この危機に対応するため、IKEA ThailandはVML Thailandと協力し、地域社会の復興支援を集結させる「Flooded Room(浸水した部屋)」キャンペーンを開始。
IKEAの象徴的なカタログスタイルのビジュアルで浸水被害を表現し、被災者へ家具を直接届けたり寄付金を集めたりする取り組みを行いました。特に災害発生からわずか24時間以内に救援活動を開始した迅速さは大きな感銘を与えました。
ブランドが単なる商品販売を超え、社会的責任を果たし、自社の資産を活かして即座に危機に対応する姿は、今後の広告コミュニケーションが進むべき方向を示していると感じます。
初めての国際広告賞審査を終えて
今年初めてMAD STARSの審査員として参加し、多くを学ぶことができました。経験豊富な審査員仲間からクリエイティブを評価する多様な視点を学び、出品された素晴らしい作品から新しいアイデアやチャレンジ精神を得ることができました。
特に、ヨーロッパ中心の広告賞では見ることのできない、文化的インサイトに満ちたアジア地域の優れたキャンペーンを多く目にすることができたのは大きな収穫です。日本を含むアジアの広告業界が、ヨーロッパ中心の広告賞から離れ、独自のクリエイティブ言語を築きつつある点も印象的でした。
今回の審査を通じて私が最も強く感じたのは、「アイデアの中心には常に人がいる」ということです。AIが画像を生成しコピーを書くことができる時代になっても、最終的に人々の心を動かすのは人間の経験や感情から生まれる真実味のあるストーリーです。
特にアジア地域のキャンペーンが示したように、地域固有の文化的背景やインサイトを深く理解し、それをクリエイティブに昇華させるのは、依然として人間にしかできない領域であることを改めて確認しました。
これは『アジェンダノート』の読者にもぜひ伝えたい示唆です。世界各国から集まったクリエイターたちは文化も経歴も異なりますが、「核心はアイデアにある」という点では全員が一致していました。
AIは作業速度を高め、新しい表現方法を提供することができても、人々の心を震わせる真のインサイトを見つけ出すのは、これからも人間の役割であり続けるでしょう。だからこそ、明日もまた新たなクリエイティブに出会えることを楽しみにしています。
- 1
- 2