NO MONEY BUT LOVE. 意義ある地域案件に、クリエイティブはどう向き合うか。 #01

「あんたらもまた夕張を食い物にするのか!」クリエイターとしてのエゴに気づかされた一言

主役は街とともに生きる住民たちである。

 その後、私はこのプロモーションには、そこに住む住民たちが自分ごとにする、彼らの気持ちを変える何かが欠けていることに気づく。

 そして「離婚件数が日本一少ない市である」という隠れた事実を発見する。当時の人口は1万2000人程度で、日本で3番目に人口の少ない市だった。若者は街を離れ、生活者の約8割は高齢者だった。そこ状況をどう転換するか。

 住民を勇気づけ街を興したくなる事実、私は一番大事な地域を動かすエンジンを見つけるきっかけを、寿司屋の店主に与えられたのだ。

 「日本一離婚件数の少ない市」

 この事実をもって夕張市は、名実ともに日本一夫婦円満の街として新しい一歩を踏み出していく。11月22日(いい夫婦の日)に市長が「夫婦円満の街宣言」をして、市役所の中に夫婦円満課を設立、夫婦円満証の発行を始めた。

 また、商工会や地元の企業がコンセプトに賛同し、地元でお土産として置かれていた石炭ビールや石炭まんじゅうを「円満ビール」や「夫婦えんまんじゅう」と顔つきを変えて新しい商材として生まれ変わっていった。

 住民たちの反応も変わっていった。何度かこのプロジェクトの趣旨を住民説明会で話したことがある。もともと、負のどん底をチャンスと捉え、クリエイティブのアイデアで面白い話題をつくり、住民たちが自活の一歩を踏み出してもらいたいという「夕張夫妻」だったが、面白いと感じるものは人それぞれ違った。

 キャラクターの出で立ちも賛否両論あった。しかし、名実ともに「負の夫妻」が「愛の夫妻」に変わっていく姿に興味を持ち、協力をしてくれる住民が増えていった。そしてこのプロモーションは約2年のボランティアを経て、住民たちに渡されていった。

 この2年間のプロモーションは、世界最高峰の広告賞、カンヌライオンズで日本初のプロモーション部門グランプリを獲得し、奇しくもクリエイターとしてのエゴは実となった。ボランティアを支援してくれた会社も多いに喜んだ。この快挙に多くの報道が夕張市を訪れた。これをきっかけに「世界一プロモーションの上手い街」として世界に発信していきたいと笑いながら語った市長は、とても生き生きとしていた。
 
市長から地元で婚約したカップルに第一号の夫婦夫婦証を授与(2007.11.22)
 そういえば、初めて夕張市を訪れた時に強く印象に残っている風景がある。それは潰れた観光施設やガランとした商店街の空気でもなく、街中にたなびいていたフラッグの数々である。

 そこには「頑張れ、夕張」「負けるな、夕張」など全国様々な人からの応援メッセージが書かれていた。誰もが心から夕張市を憂い、メッセージを届けた証だった。しかし、それを見た私は強い違和感を覚えた。

 この応援メッセージはいったい誰の何を変えるために届けられたのか、と。このメッセージを毎日目にする住民は、嬉しいのか? 励まされ明日の活力が生まれるのか? むしろ、自分の街が潰れた現実を突きつけられ、虚しさや惨めさが増幅するだけではないのか、と感じたのを覚えている。

 私がクリエイターとしての想いから起こしたこのプロジェクトも、最初はフラッグのそれと何ら変わらないものだったのかもしれないと今は思う。

 私は今、幾つかの自治体でクリエイティブアドバイザーをつとめている。その上で、最も大切にしているのが、地域にある「価値ある事実」を軸にした継続的なプロモーションである。

 この起点となった夕張市と 、あの寿司屋の夜を一生忘れることはない。
 

 愛の始発駅(夕張市の潰れた施設や町並みを全国に知ってもらおうと制作、カラオケもできる)。
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