ミレニアル世代の旗手たち 徳力基彦インタビュー企画 #番外編

アジャイルメディア・ネットワーク 徳力基彦が語る。取締役を退任する心境と、これまで

「ブログ=やらせ」のイメージを変えたかった


——道半ばとはいえ、アジャイルメディア・ネットワークは現在、アンバサダープログラムで約100社のクライアントを抱えています。日本のファンマーケティングの礎をつくっていく上で果たした役割は大きいと思います。

 そう言っていただけると、ありがたいですね。でも、初めたばかりの2007年頃は、迷走ばかりでした。私は設立後4カ月ほど経ってから正式に入社したのですが、そもそもアジャイルメディア・ネットワークは、メディア化したブログをネットワーク化し、その広告枠を販売するという米国のフェデレーテッドメディア・パブリッシング(Federated Media Publishing)社のビジネスモデルを参考につくられた会社だったんです。

 当時、日本のブログ界隈では、ブロガーに100円など小銭を払って記事を書かせるサービスが大流行してしまい、「ブログ=やらせ」というイメージができつつありました。そうではなく質の高いブログをまとめたアドネットワークをつくり、通常のメディアと同じように収入が得られるようにすることで、ブロガーがやらせに手を出さなくて済むようにしようというのが、最初の構想だったんですよね。

 しかし、米国のブログは雑誌に変わるメディアとして機能しており、広告単価も1ページビュー数円ということがあり得ましたが、日本のブログは日記的なものも多く、広告単価が安いことや我われの力不足もあって、なかなか厳しくてすぐにその事業は頓挫することになります。



——当時は、どのように事業を回していたのですか。

 当初は、ブロガーイベントが主力事業でした。これは、ブロガーにお金を払って大量の“ヨイショ記事”を書いてもらう代わりに、ブロガーに向けた記者発表会的なイベントを開催して、商品やサービスを体験してもらうことできちんと記事を書いてもらう、というパブリックリレーション活動の延長にあるビジネスです。

 個人的にも、お金を払って“ヨイショ記事”を書かせるぐらいなら、本当に興味がある人に機会を提供するべきだと思っていたので、ブロガーイベントは楽しく取り組んでいたんですよね。ただ、これもどちらかと言うと「流行」になってしまい、その後も迷走は続きます(笑)。

 今度はTwitter、Facebookなどソーシャルメディアマーケティングブームの波が押し寄せてきます。それなりにキャンペーンのお仕事などをいただくようになったんですが、毎年新しいサービスを使ったキャンペーンが注目されては飽きられて、という繰り返しに疲れてしまうんですよね。

 当時は、「ソーシャルメディアマーケティング御三家」のような呼ばれ方もしましたが、もともと自分がやりたかったはずの、パブリックリレーションやユーザーリレーション的なコミュニケーションのサポートという軸からはずれていたこともあって、なんとなく自分には向いていないな、という思いを抱えていました。



——それは、2010年頃ですよね。

 そうですね、変化のきっかけになったのは、2つあります。1つ目は、2011年に沖縄で開催されたマーケティングイベントでした。そこで初めて多くのクライアントと直接話して、単純な大量のリーチの獲得ではなく、ユーザーとのエンゲージメントが高いコミュニケーションに興味を持っている人が意外と多いことが分かったんです。

 2つ目は、2013年にさとなおさんが主宰する勉強会「さとなおオープンラボ」に参加したこと。ここで、今で言うファンベースの概念を学んで、広告業界で活躍していた人が意外にも自分と考え方が非常に近かったことに大きな勇気をもらいました。

 そこで、自分が思っていた方向性は間違ってなさそうだと確信することができて、現在のアンバサダープログラムを中心にする方向に完全に舵を切ることができたんです。

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