SPECIAL TALK

小説家・平野啓一郎 プロマーケター・富永朋信 対談「3000万円の新聞広告で、慈善事業を紹介する企業はカッコいい?」

 『日蝕』、『マチネの終わりに』、『ある男』など、数多くの小説を世に送り出している芥川賞作家の平野啓一郎氏が新著『「カッコいい」とは何か』 (講談社現代新書)を発表した。

 「カッコいい」の語源から事例、解釈まで幅広く取り上げた本書は、小説を除くと、平野氏がこの10年間で最も書きたかった内容だという。その平野氏に、カッコいい企業とは何か、プロマーケターの富永朋信氏が尋ねた。
 

「カッコいい」は、“真善美”の調和がとれている


富永 平野さんは新著『「カッコいい」とは何か』を書かれるにあたり、世の中のありとあらゆる「カッコいい」を収集されたと思います。そのカッコいいが生まれてくる仕組みやプロセスをどのように捉えていますか?

平野 「カッコいい」は、急に生まれてくるものではないんです。何かに憧れて模倣しようとしたり、自分なりにやろうとしたりする中で、新しいものが生まれてくることだと思っています。

例えば、音楽で言うと、ブルースをやろうと思ったのにロックになっちゃったとか、ロックが好きだったけど自分たちがやっている音楽が違うものになっていた、だったり。

何かに取り組んでいる中で、個性が表現されて新しいものが生まれていく、それが支持されるとカッコいいになっていくんだと思います。受容する側の下地も大事になってきますよね。
平野 啓一郎 氏
1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。以後、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞受賞)『ある男』(読売文学賞受賞)、エッセイ・対談集に『私とは何か 「個人」から「分人」へ』等がある。

富永 企業のカッコよさについて、お聞きしたいと思います。会社という存在は、法人という言い方をするものの、厳密には人ではありません。ですが、企業は「私たちは、約束します」や「私たちは、こう考えます」といった、あたかも人のような物言いをして、親近感を出そうとします。

私は、そうした言い方が気持ち悪くて、嘘くさく感じるんですが、企業にとってカッコいいとは、どのようなことだと思いますか?
富永 朋信 氏
日本コダック(現コダック)、日本コカ・コーラ、ソラーレホテルズアンドリゾーツ、西友、ドミノ・ピザ・ジャパン、イトーヨーカ堂などでマーケティング関連の職務を歴任。2019年7月よりPreferred Networks 執行役員CMO。著書に『デジタル時代の基礎知識『商品企画』 「インサイト」で多様化するニーズに届ける新しいルール』。

平野 本にも書いたのですが、カッコいいという価値観は、結局、“真善美”の三位一体を背景にしていると思うんです。そういう意味では、美的に洗練されている、社会的に正しいことをしている、その調和が取れているのが「カッコいい企業」ではないでしょうか。

富永 商品が売れているだけでは、ダメということですね。

平野 そう思います。何をどう売って、顧客と社員、社会がどう幸せになったか。その上で、商品の対価として得たお金を正しい形で社会に還元する活動をしていれば、どれだけ儲けていてもリスペクトされると思います。それをやらないままリスペクトしろと言われても、カッコいいとは呼べません。

日本は米国に比べて、企業も富裕層も慈善活動にお金を使うことがカッコいいという認識が弱いですよね。公共的にあるべき姿を考えている企業が尊敬され、カッコいいという条件にも当てはまると思います。

富永 そうすると、私が先ほど言及したような所詮、企業は人ではない、ということは、問題ではないということですね。

平野 難しいですが、営利を追求しながら、もう一方でそうではない部分をバランスよく持っていることが重要だと感じます。

人として感じられるかどうかという意味では、企業を代表する人物の存在感は大きいですよね。アップルでは、スティーブ・ジョブズが企業のある種の擬人的な部分を担っていると思いますし。

富永 企業のイメージをカッコよくできたら、マーケター冥利に尽きると思います。そのためには、企業があたかも人のように自らの価値観を定義して、それに沿って行動していくことが重要だ、というわけですね。

平野 そういう企業の方が一消費者として付き合いやすいですよね。商品やサービスの質が高いことは大前提ですが、自分の生活の中に入ってくるうえで、自分にとって心地よくて、人から見たときもカッコよく見えることが重要だと思うんですよ。

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