TOP PLAYER INTERVIEW #19

「What」ではなく「Why」を大事にできるマーケターに。ベストセラー『VISION DRIVEN』著者 佐宗邦威の提言

 P&Gでブランドマネージャー、ソニーで全社横断の新規事業創出プログラムの立ち上げなどで活躍してきた佐宗邦威氏。現在は共創型戦略デザインファームBIOTOPEのトップとして、デザイン思考などを用いた商品開発、リブランディング、インナー支援などに取り組んでいる。

 そんな佐宗氏が2019年3月に上梓した書籍『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』は、発売1カ月で8万部を突破するベストセラーとなった。佐宗氏はデータ分析やユーザーリサーチといった論理や数字など左脳的な要素を重視しがちなマーケティングにおいて、妄想や直感といった右脳的な要素も取り入れることが大切だと説く。その理由と、佐宗さんの異色のキャリアについて聞いた。
 

“for me”な商品が求められる時代、ブランド側のビジョンが大切に


―― 書籍『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』では、妄想や直感といった、いわゆる右脳的な思考、ビジョン思考の重要性について紹介しています。ただ、マーケティング業界では、デジタルテクノロジーの普及もあって、データはじめ左脳的な思考が重視される傾向にあります。妄想や直感はマーケティングにおいても重要になるのでしょうか。
佐宗 邦威氏
BIOTOPE代表/チーフイノベーションプロデューサー

東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手掛ける。ソニー クリエイティブセンターにてソニー全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、共創型戦略デザインファームbiotopeを設立。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。

 はい、重要になると思います。私はP&Gを辞めてから、科学的なアプローチで答えを出していくスタンスから離れて、自分の主観で“ないものをつくる”という方向にシフトしたので、マーケティングの世界からは遠くなったと思っていたんですね。でも最近は、すごく接点が出てきたなと思っています。

 というのも、主にBtoC の分野でミレニアム世代を中心にユーザーが自分にとって意味のあるものを買いたいと、“for me”な商品やサービスを求める傾向が強くなってきているからです。もともとマーケティングでは、ブランドのストーリーやナラティブが大事だと昔から言われてきましたが、今はさらにユーザー自身がその商品を使うことでストーリーを生み出していけるようなものが求められています。

 それは、いろんな会社の新しいブランドづくりのアプローチとしても現れてきています。ある大手飲料メーカーは、新しいトレンドを追いかけている共通の価値観を持つコミュニケティに向けて商品を提供して、そこからマスに広げて市場創造していくモデルに挑戦しています。

 そうした取り組みはプレミアム戦略やファンコミュニティ構築といった文脈から出てくることが多いのですが、その本質は新しいライフスタイルの価値を提案しようというデザイン思考的なアプローチなんです。

 そうなると、ブランド側にもビジョン思考が必要になってくるんです。なぜかというと、全く知らない匿名のブランドよりも、ブランド側が何でこの商品を提供しているのかというメッセージがクリアになっていた方が信頼されるからです。

―― そうした状況が生まれたのは、なぜでしょうか。



 その背景には、インターネットのインフラ化があります。10年前は、4大メディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)の補完メディアとしてネットが使われて、「ネットでしかリーチできない層がいる」という発想だったのですが、今は誰もがネットで何かしらの商品やサービスについて意見表明ができるという状態になりました。

 すると、ユーザーはすでにできあがっているブランドをただ享受するという感覚ではなく、この商品は自分にとって「こういう意味がある」ということをSNSなどで外に発信したくなっているんです。そこに自らを意味づけしていくし、自分のアイデンティティを語る手段にしていくわけです。

 そうなると、今の時代のマーケティングに必要なのは「What(何を)」ではなくて「Why(なぜ)」なんです。かつて重視されていたWhatは、そのブランドがもたらす価値、すなわちベネフィットのことでした。それで差別化しようとしていたわけです。しかし、現在はあらゆる業界で似通った商品やサービスがたくさんつくられているので、「こんな便利な商品をつくりました」というだけでは、人の印象に残りません。

 そこで「なぜ」この企業がこの商品をつくるのか、「なぜ」私がこの商品を使うのかという理由が求められています。商品の背景にあるビジョンをしっかり語ることで差が生まれる時代になったのです。そこに求められるのが、直感や妄想といった右脳的な発想になると思います。

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