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中澤伸也氏がIDOMからReproに転職 「世界に通用するマーケティグソリューションを実現させたい」

 

事業会社から支援会社に転職する人が増える背景は?


——最近のマーケターの転職を見ていると、事業会社側から支援会社側に、移っている人が多い印象ですが、その状況をどのように思いますか。

 たしかに最近、多いですね。でも私自身、IDOMの前には、MAツールを提供するエクスペリアンジャパンにいましたから、そんなに違和感はないですよね。

 最近、マーケターが支援側に移っていくのは、2つの流れがあると思います。西井敏恭さん(オイシックス・ラ・大地)や藤原尚也さん(青山商事)のように、事業主側で実績を出しながら、自分の会社をつくりコンサルティングもしていくパターン。事業主側にも在籍しているので、地に足のついたノウハウに磨きをかけつつも、様々な企業にそれらを価値提供していける。ひとつの成功パターンだと思っています。

 もうひとつは、完全に支援側に移るというパターン。コンサルティング会社出身で事業主側を経て、再び支援側に戻るという人もいれば、ある種のピン芸人みたいに業界内でのネットワークを、そのまま価値に転換させている人もいますよね。

 でも、僕はどちらにも当てはまらない気がしていて、先ほどお伝えした、プロダクトレベルのマーケティングに関わりたいという気持ちが強いんです。もうひとつは、カスタマーエンゲージメントやロイヤリティマーケティングに長く関わっていたので、それを体系化したいという思い。その実現は、事業主側だと難しいですよね。



——中澤さんご自身のキャリアを振り返って、マーケターのキャリアにとって何が大事だと考えていますか。

 部下によく言っていたことが、2つあります。ひとつは、7年から10年周期で、自分のキャリアのステージを変える必要があるということ。

 25歳から32歳頃までは、とにかくガムシャラに働かないといけない。仕事を選ばないで、上司から出された料理を全部食べることが必要。むしろキャリアについて考えない方がいい。ここで、どれだけの経験を積めたかで、その後の成長の伸びしろが変わるんです。

 32歳頃から40歳までが、スペシャリティをつくっていく時代。専門領域を選び、そのスキルを磨いていく時期です。そして40歳から48歳が、まさに今の私の時期ですが、プロフェッショナリズムを昇華させていく時期。プロとして世の中に通用する仕事をして、業界の第一人者になるわけです。

 さらに48歳からが、仕事のステージを上げる時期。人によっては、業界内で名が知られていて、一生食べていけるかもしれないけれど、そこでも違うステージに切り替えていくことが必要だと思います。それは、経営かもしれないし、起業かもしれないし、全く関係ない分野へのチャレンジだっていいと思います。

 そして、二つ目は、マーケターとしてのコアスキルを身に付けるということ。マーケターとして、どの領域にいっても通用する能力です。例えば、常識を疑う能力、抽象化するスキル、論理的に考える力。自分なりに体系化して、フレームワークをつくり、部下にも教育できるように磨いていくことが重要です。

——最後に、今後の意気込みをお願いいたします。

 Reproは、日本初の世界のマーケティングソリューションカンパニーになるというミッションを持っています。私は、これを本気で実現させるつもりです。

 だって、セールスフォースやマルケトなど、外資系会社にばかり振り回されているのは悔しいじゃないですか(笑)。もっと日本のマーケティングを世界で通用するレベルにまで上げていきたいんです。

 それには、さまざまな企業との連携が必要です。「ジャパン連合でいくぞ!」というノリですので、皆さんのご協力よろしくお願いいたします。
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