クリエイティブ

過去の広告事例から、何が学べるのか【ライトパブリシティ 杉山恒太郎、電通 藤本宗将 対談・前編】

 広くビジネス界では、一代で世界的な企業を築いた創業者の過去の取り組みから学ぶビジネス書が人気を博している。しかし、広告コミュニケーション業界では、新しいテクノロジーに目が行きがちで、過去の優れた事例から学ぼうという姿勢はあまり見られない。

 5月25日、電通で数々の話題の(ヒット)広告を手掛け、国内におけるデジタル広告の礎を築いてきたライトパブリシティ 社長の杉山恒太郎氏による、世界中の過去の優れた広告事例を紹介する書籍『アイデアの発見 杉山恒太郎が目撃した、世界を変えた広告50選』(インプレス刊)が発売された。

 そこで、著者である杉山氏と、本田技研工業「負けるもんか。」のコピーなどで知られる電通 藤本宗将氏の対談を通して、過去の広告事例から何が学べ、それが現代の広告コミュニケーションにどう生きてくるのか考える。

広告が相手にしているのは、生身の人間

藤本 杉山さんの新著『アイデアの発見』の表紙を開くと、「最近の広告界のモンダイは 新しいものをもてはやし 歴史を振り返って、そこから学ぼうとしないことだ」という、BBH(Bartle Bogle Hegarty)ロンドンのJ・ハーディ卿の言葉が載っていますよね。あれを見て、本当にそのとおりだと思いました。

藤本 宗将 氏
CDC
コピーライター
東京大学法学部卒・東京大学社会情報研究所修了。1997年電通入社以来、コピーライターとして企業のメッセージ開発に携わる。ベルリッツの広告で東京コピーライターズクラブ(TCC)最高新人賞、本田技研工業「負けるもんか。」でACCグランプリ、ADCグランプリ、TCC賞など受賞多数。2016年には藝春秋『日本を元気にする逸材125人』に選出。そのほか主なコピーに、au「あたらしい自由。」、SUBARU「ぶつからないクルマ?」、からだすこやか茶W「おいしいものは、脂肪と糖でできている。」など。企業・NPO・自治体・大学でコミュニケーションの講師も務める。


杉山 そう、J・ハーディはBBHの創業者のひとりで、アートディレクターとしての功績が認められてイギリス王室から「Sir」の称号をもらっています。BBH自体も、イギリスの輸出に対する功績が認められて、UKのエージェンシー・オブ・ザ・イヤーに7回も選ばれているんです。そういう視点でクリエイティブエージェンシーが評価されるところがイギリスっぽくて面白いなと思って紹介しました。

 この本は日経新聞の文化欄で2年間連載していた記事がもとになっています。ですから、最初は広告に携わる人たちに向かって書いたものではなかったんです。ビジネスマン、とくに企業の幹部の人たちにより広告に関心を持ってもらおうと思って書いていました。過去の広告の傑作中にはすべての世界に通じる、お宝がたくさん眠っていますからね。

杉山 恒太郎 氏
ライトパブリシティ 代表取締役社長
エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター
大学卒業後、電通入社。1990年代後半よりデジタル領域のリーダーとしてインタラクティブ・コミュニケーションの確立に貢献。トラディショナル広告とインタラクティブ広告の両方を熟知した数少ないエグゼクティブ クリエイティブ ディレクター。主な作品に、小学館『ピッカピカの一年生』、セブンイレブン『セブンイレブンいい気分』、サントリーローヤル「ランボー」他シリーズ、ACジャパン『WATER MAN』など。カンヌ国際広告祭金賞ほか、国内外の受賞も多数。

藤本 人の気持ちを動かすという意味では、広告業界以外の人でも、広告の手法には学べることがたくさんありそうですね。

杉山 まさにそのとおりで、広告が相手にしているのは人間です。その人間を「コンシューマー=消費する人」とマーケティング的に定義するのは、いくらなんでも失礼だと常々思っていました。

 人は買物をするために生きているのではありませんし、必ずしも経済合理性で生きているわけでもありません。私たちが相手にしているのは生身の人間であるということを忘れてはいけない。こうした考え方も膨大な過去の財産の中に垣間見ることができます。

藤本 私も、過去から学ぶことは多いです。例えば、著書の中で紹介されているアメリカのレンタカー会社エイビスが1963年に打った「私たちはナンバーツーだから、休まず努力し、もっと頑張り、サービスの向上に努めます。」というキャンペーン。

 「業界2番手であること」を、「2番手だからこそいいんだ」と価値を逆転させることに成功しています。言葉によって、人の意識をガラッと変えることができる。それによってビジネスも動く。これこそコピーの醍醐味と言える事例です。しかも、このコピーは同時にインナーにも効きます。最近は、とくにインターナルコミュニケーションが重視されていますけど、実はこの時代からちゃんとやられているんですね。

杉山 うん、「2番手だからこそ」という考え方は、この時代の大発見ですよね。

藤本 その言い方というものは本当に大事で、「2番手じゃダメなんですか?」と開き直られると嫌な感じを受けるけれど、「2番手だから今より頑張るのです」と言われると応援したくなる。そういう気持ちは今も昔も変わりませんよね。

杉山 広告は人々をPersuade(説得)するものだけれど、人というのは不思議なもので、キレイに説得されると気持ちがいいんです。腑に落ちるから。

 アメリカの広告がイラストだった時代、広告はとにかく誇大広告でした。空を飛びそうな車のイラストとかね(笑)。

 そこから、左脳を使ってアイデアで納得させるという手法を生み出したのがDDB社(ドイル・ディーン・バーンバック社)で、"クリエイティブ・レボリューション"を起こしたと言われています。

 本来説得されるのは嫌なものだけれど、なるほどと思う視点で、しかもキレイにカッコよく表現されているものを見せられて、「ああっ!」と腑に落ちて説得されるのは気持ちいいものですよ。

藤本 たぶん人には潜在的に納得したいという願望があるんでしょうね。誰かから言われたからではなく、自分で納得してから買いたいと思っている。エイビスの「2番手」の広告は、そこを気持ちよく行動してもらう言葉の技術があります。言い方ひとつにもこだわらなければいけないよ、と教えてくれています。

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