マーケターズロード 鹿毛康司 #01

鹿毛康司氏、独立して目指すは「生涯、マーケター」

 
 エステー、いや、日本の広告コミュニケーション領域を牽引してきた鹿毛康司氏が2020年6月独立。かげこうじ事務所を設立した。

 なぜ独立するのか。そして、何を目指すのか。開設したばかりの新しいオフィスで、鹿毛康司氏のいまとこれからを聞いた。
 

背中を押した言葉「鹿毛さんの趣味はマーケティング」


――2020年6月17日をもってエステーを退職し、独立されました。あらためて、かげこうじ事務所設立の背景を聞かせてください。

 なんでつくったんでしょうね……自分でもはっきりとはわからない(笑)。

 ただ、以前富永さん(プリファード・ネットワークス 執行役員CMO 富永朋信氏)と飲みに行ったときに言われた「鹿毛さんの趣味はマーケティングなんですよ」という言葉は、大きな動機のひとつになったと思う。

 「そうだよね、俺の趣味はマーケティングだよね!」と、スッと腑に落ちたんです。そう考えると、確かに企業に所属することにこだわる必要はない。企業に所属している限りは、転勤があったり、突然まったく畑違いのことをしなければいけなくなったりする可能性もある。マーケティングやコミュニケーションに関わり続けるなら、独立はひとつの有効な手立てだと思いました。        
   
鹿毛康司(かげ・こうじ) 1959年福岡県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)に入社。ドレクセル大学にてMBA取得(マーケティング、国際ビジネス)。帰国後、同社の営業改革を担当。2000年の雪印集団食中毒事件、2001年の牛肉偽装事件における被害者・マスコミ対応の前線に立つ。その後、2003年にエステー入社。15年にわたりコミュニケーション領域の責任者として活動し、戦略づくりだけでなく、プランナー、CM監督、コピーライター、作詞作曲家として独自のスタイルを築く。2011年の東日本大震災直後に手がけた「消臭力CM」は好感度日本1位を獲得(CM総合研究所11年8月)。ACC Gold、マーケターオブザイヤー(MCEI)、WEB人貢献賞など受賞。2020年かげこうじ事務所設立。

 そう、ずっと、いつかは独立したいと思っていました。しかし、その機会を逸し続け、ここまでやって来たんです。

 最初のタイミングは2007年、エステーに入社して5年が経とうとした頃のこと。僕がエステーに入った最大の理由である鈴木喬社長が、会長(取締役会議長兼代表執行役会長)に就くことに。

 「今だったら辞められる」――そう思いました。

 当時は僕もまだ40代でしたからね。それで、鈴木会長に「僕は、鈴木さんがいるからこの会社に入ったんです。今までお世話になりました」と退職の意思を伝えました。すると、「そうだな!会社って、ずっといるもんじゃないよな。まあ頑張ってくれ!」と返されました。引き止められなかったんですよ(笑)。

 それで少し拍子抜けしていたら、翌日社長室に呼ばれて、新しいポジションに任命すると告げられました。「鹿毛くん、エグゼクティブ・プロフェッショナル……なんだっけな……とにかく新しい役職をつくったよ。君、生き残るから」と。
 
 1週間後、晴れて新社長(当時。小林寛三氏)から任命され、ありがたいことに待遇も向上、引き続きエステーで働くことになりました。もしかすると、会社を辞める意思を固めた僕のいろいろな不安を汲み取っての対応だったのかもしれません。本当に大人物だなあと思いました。

 そうして、独立する最初のきっかけを逸しました。その後も何度か「辞めよう」というタイミングはあったけれど、紆余曲折あって現在に至ったというわけです。長くひとつの会社にいると、まるで僕が社内で、ものすごく可愛がられていて、あれもこれも思うままにやっているように見えるかもしれない。でも、そんな夢のような場所なんて、この世にありませんよ。なにしろ、エステー創業以来初の、社外からやってきた部長ですからね。やっぱり馴染まない。

 鈴木会長にも「鹿毛さんを入社させたのは、改革を行うための人身御供にするため」とはっきり言われました。会社に大きな変化を起こすには、僕みたいな“暴れん坊”がひとりくらいいるとちょうどいい、ということだったようです。

 そんな暴れん坊が、ミゲルくんを起用した「消臭力」のテレビCMの大ヒットのおかげで、2011年には役員に就任しました。自分は絶対に役員にはなれないと思っていたし、なろうとも思っていなかった。だって普通、役員になるには社内政治をしなきゃいけないでしょう? そういうの、本当に一切してない。嫌いなやつは嫌いだし、好きなやつは好き(笑)。そういう性格ですから。
 
「2011 51st ACC CM FESTIVAL」でACCゴールドを受賞した「消臭力」のテレビCM。ポルトガル出身の少年・ミゲル君の歌声が話題となり、社会現象にまで発展した。

 思えば、その頃もエステーを辞めようか迷っていた時期でした。「消臭力」のテレビCMが大ヒットしたことで、複数の企業から誘いを受けていたんです。おいしい話もたくさんあって、うまいこと社内でいじめられないかな?なんて思っていた。

 そうすれば、正当な辞める理由になりますから(笑)。意外に思われるかもしれないけど、僕は経済合理性より人情でいろいろなことを判断する人間ですからね……そういうことでもないと、辞めづらかったんです。



 役員に任命されたのは、そんなタイミングでした。鈴木会長から「鹿毛くん、君、昇進するよ」とたった一言。

 「ああ、なんか俺、公人になっちゃった」――役員になったとき、そう思ったのを今でも思い出します。一部上場企業の役員は、公人です。“暴れん坊”が、エステーの企業人格を構成する一員になってしまったわけです。そうして15年もの間、一貫してエステーのコミュニケーション領域に携わってきました。

 その「公人」から、6月17日の株主総会をもって下りることになります。「公人」から「老人」になるというわけです……これ、部下から言われたんだけど。

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