RYUKYU note #03

泡盛「残波」が幅広い世代に愛されるお酒になるまでの、親子3代の奮闘

 

2代目は職人であり、マーケターでもあった


――2代目が今までにないチャレンジをした結果、「残波」が広く飲まれるようになったとのことですが、2代目はなぜそうしたニーズを掴むことができたと思いますか。

 2代目がよく言っていたのは、「人が嫌がることや、人がやらないことをやれ」でした。そして「人が遊んでいるときにこそ、いっぱい仕事をするんだ」と。

 少々変人な気もしますが(笑)、新しいお酒も機械を使わずに自分の手でつくったりしていました。また、九州の大手焼酎メーカーなど、いろいろなメーカーへ見学に行き情報を集め、他社がしないことにいち早く取り組んだりしていました。



 お酒も飲めないのに、夜は出歩き、そこで聞いたお客さんの声からブームをキャッチしていたようです。お酒の種類にしろ、ラジオCMにしろ、他社に先駆けて先手を打っていく姿勢がうまく機能していたと思います。

 イメージとしては1代目が職人で、2代目がマーケターかもしれません。ただ、2代目も蒸留器をつくるなど、負けん気の強い職人気質も持ち合わせていたように思います。3代目である私もその2つを組み合わせるように意識している感じです。とはいえ、職人ではないのかな、という気もしていますけど。
 

少数先鋭で、企業を発展させていきたい


――ご自身の経営者としての強みは何だと思いますか。

 私の周りに「一緒に仕事をしてくれる仲間がいる」ということです。そこには妻もいますし、勤続20年を超える人も多くいます。そういった人たちと話し合いながら、新しい商品をつくっていけるということが強みではないでしょうか。

――では、3代目として感じられている課題は?

 自分が考えているブランディングやマーケティングの指標を理解してもらえるような人材づくりですね。今は従業員が50人以下なのですが、現状でこれ以上増やすのは難しい。少数先鋭で企業を発展させていくためには、自分も含めた人材育成が重要だと考えています。

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