解説・ビリー・アイリッシュ 日本でヒットさせたマーケティング戦略 #01
日本でのヒットは難しいと思われた、ビリー・アイリッシュ。なぜ成功できたのか、軌跡を振り返る
フェーズ2:コアターゲットの見極めと育成
フェーズ2では、引き続きアーティストとのパーソナルなコミュニケーションを重ねながら、コアターゲットがどこにいるのかを見極めるテストマーケティングを進めていった。
具体的には、「SUMMER SONIC」に出演するための来日タイミングに合わせて、公式Twitterアカウントを立ち上げ、キャンペーンを展開。当時、東京・原宿に店舗を構えていたLAファッションブランド「JOYRICH」の協力の下、ゲリラ的にビリーのサイン会を行った。ビリーとのタッチポイントをつくり出し、そこに集まってくるであろうコアターゲットを知ることで、日本におけるマーケティング戦略構築の起点にしようと考えたのだ。
その場に集まった600人ほどの人たちを見渡すと、じつに8~9割が「インターナショナルスクールに通う女の子たち」だった。
佐藤 海外の最新カルチャーに関心を持ち、自ら情報を取りに行く“早耳”な子たち。世界では、すでにビリーが「ティーンエイジャーのカリスマ」として広く認識されるようになっていたのに対し、日本ではまだごく限られた人にしか知られていない。世界と日本の熱量の差を感じるとともに、まずはこうしたコアターゲットの心を掴み、ファンとして育成していくことが重要だと強く認識しました。
ちょうどこの頃は、ビリーの芸術性が爆発し、彼女の圧倒的な個性が世界中で衝撃をもって受け入れられた時期でもあった。ビリーの顔を蜘蛛が這い、口からタランチュラが出てくる『you should see me in a crown』、目から青黒い涙をとめどなく流す『when the party’s over』のMV。また、2018年末のAppleのホリデーキャンペーンCM「Holiday — Share Your Gifts」に、書き下ろしの楽曲『come out and play』が起用されたことは、ビリーの存在を一気に「ティーンエイジャーのカリスマ」へと押し上げた。
★『when the party’s over』のMV
さらに、そんな類稀な個性を持つ新人アーティストを支持する声が、音楽業界内外から次々と発されたのもこの時期。例えば、ロックバンド フー・ファイターズのデイヴ・クロール。彼の娘はビリーの大ファンで、デイヴもコンサートに同行したところ文字通り“熱狂”。「かつてのカート・コバーンを見ているようだ」と、新たなスターの誕生への衝撃と喜びを表した言葉が、世界中に広がっていった(編集部注:デイヴはニルヴァーナの元ドラマーで、カート・コバーンはリードボーカル)。ファッション業界からは、カルバン・クラインが新キャンペーン「I SPEAK MY TRUTH IN #MYCALVINS」にビリーを起用したことも注目を集めた。
このように、ビリーのクリエイティビティがピークを迎えつつある状況を背景に、日本のコアターゲットにも、その世界観をできる限りそのままの形で届けることが肝要だと、佐藤氏らマーケティングチームは考えた。
例えば、ターゲットとの恒常的なタッチポイントとして開設したのはTwitter公式アカウントのみ。マネジメントサイドからはLINEアカウントの開設も要望されたが、断ったという。
佐藤 ジャスティンは日本の文化やプラットフォームのトレンドに敏感で、「日本での展開にLINE活用は必須」と考えていました。とはいえ、絵文字やスタンプを多用する独特のコミュニケーションに、ビリーはフィットしない。Twitterの特性を大いに活用して、ビリーのダークな一面を見せていくほうがいいと思いました。