解説・ビリー・アイリッシュ 日本でヒットさせたマーケティング戦略 #02
日本では「bad guy」を打ち出す。ストリーミング市場で勝つ、ビリー・アイリッシュ陣営の選択
グラミー賞の主要4部門を史上最年少で制覇したシンガーソングライターであり、次世代のポップカルチャーのアイコンとしても注目を集めるBillie Eilish(ビリー・アイリッシュ)。世界での熱狂を追いかける形で、日本でも若年層を中心に、急速に注目が高まりつつあります。
日本の若者の“洋楽離れ”が言われる中で、またCDからダウンロード、そしてストリーミングへとビジネスモデルの大変革の最中にある音楽業界で、どのようにビリーを“成功”へと導いたのか。本記事では、2017年に始まった一連のマーケティング施策を5つのフェーズに分けて振り返り、ヒットの鍵を考察します(第2回/全3回)。
日本の若者の“洋楽離れ”が言われる中で、またCDからダウンロード、そしてストリーミングへとビジネスモデルの大変革の最中にある音楽業界で、どのようにビリーを“成功”へと導いたのか。本記事では、2017年に始まった一連のマーケティング施策を5つのフェーズに分けて振り返り、ヒットの鍵を考察します(第2回/全3回)。
コンテンツマーケティング始動(フェーズ3)
世界での熱狂を背景に、地道に積み重ねてきたパーソナル・コミュニケーションの成果が少しずつ形になってきたのが、フェーズ2までの流れだ(前回は、こちら)。
フェーズ3からは、いよいよ日本におけるマーケティングのロードマップをつくり、「認知拡大→興味喚起→行動喚起→ファン化」といったステップを着実に上がっていくことになる。その現場を統括したのは、2019年4月にビリー・アイリッシュ担当に就いたユニバーサルミュージック Marketing Hubの横井里沙氏だ。
横井 2019年3月に、デビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WO GO?』がリリースされました。ビリーはユニバーサルミュージックグループの「グローバル・プライオリティ・アーティスト」にも位置づけられ、世界的なスターへと育て上げていくという方針の下、ほとんどの国で瞬く間にストリーミング再生数、売上など設定されていた目標を達成したのですが、日本ではやはり苦戦しました。
国内での認知度も、当時はわずか1~2%。そもそも規模の小さい日本の洋楽マーケットにおいて、どう打ち出していくべきか――通常ならリリースタイミングを最大の商戦期と位置づけて瞬間風速的な話題化を狙うところ、長期的な視点に立ってじっくりとファンを獲得していく方針を立てました。具体的には、統合型マーケティングの基本に則って、ロードマップを描き、一つひとつ実行していきました。
横井里沙
ユニバーサルミュージック Marketing Hub 主任 米国ボストン大学を卒業後、2015年に現ソニー・インタラクティブ・エンタテインメントに入社。プレイステーションのサブスクリプションサービス(PlayStation®Plus)でアジア統括を担当。その後、P&Gでカスタマーマーケティングの経験を経て、2019年3月にユニバーサルミュージック入社。入社後、初の担当アーティストがビリー・アイリッシュ。
ユニバーサルミュージック Marketing Hub 主任 米国ボストン大学を卒業後、2015年に現ソニー・インタラクティブ・エンタテインメントに入社。プレイステーションのサブスクリプションサービス(PlayStation®Plus)でアジア統括を担当。その後、P&Gでカスタマーマーケティングの経験を経て、2019年3月にユニバーサルミュージック入社。入社後、初の担当アーティストがビリー・アイリッシュ。
プロジェクトが始動した6月、最初の取り組みは積極的な広告展開だった。目的は、とにかく「ビリー・アイリッシュ」という名前を知ってもらうこと。出稿メディアは、交通広告(アドトラック)、屋外広告(街頭ビジョン)、Web広告(Twitter、Facebook、Instagram)だった。
4月にアメリカの野外音楽フェスティバル「コーチェラ・フェスティバル」に出演したことで、日本でも一部の洋楽ファンがビリーに注目し始めていた。こうした中、広告というタッチポイントをつくって再び接触させることで、コア層にビリーを印象づけるとともに、SNSなどでビリーに言及してもらう。そうして、ライト層にもビリーの名前や存在を波及させていく狙いがあった。
広告のビジュアルやコピーは、アルバムではなくビリーというアーティストを打ち出すことを念頭に制作。マーケティング目標は「アルバムを売る」ではなく、あくまで「ビリーのファンを増やす」ことに置いていた。
横井 アルバム発売以降、ビリーというアーティストはもちろん、『bad guy』という彼女の代表曲が世界的に大躍進。日本も今は投資すべきタイミングということで、広告出稿を強化しました。
テレビに出演したり、雑誌で特集されたり、パブリシティの“面”は邦楽アーティストのほうが圧倒的に取りやすい。その中で、ビリーを勝たせるには、ある程度の投資をして“面”を取る必要があったんです。新人の洋楽アーティストで、これほどの規模で広告が展開されるのは珍しいこともあり、音楽好きの間でうまく話題をつくることができたと思います。
広告展開と並行して、ベースとなる情報づくりにも時間と労力をかけた。海外のWikipediaを翻訳し、日本語版のページを開設。YouTubeで公開している公式MVやビリーのインタビュー動画を和訳。アーティスト公式の特設サイトを開設。広告を見た人がGoogle検索した際に、十分な量の情報にアクセスできるよう、受け皿を用意した形だ。
横井 日本に上陸して間もないアーティストを「もっと知りたい」というニーズに応える十分な情報を用意したことが、コアファンの育成につながり、支持層を広げる基盤になったと思います。