マーケターズロード 鹿毛康司 #09

みんな「ブランド」という言葉を、バラバラな意味で使っていないかな ―鹿毛康司

 

誰だってインサイトを導き出すことはできる


 このDoveのCMを理屈で解釈しようとすると、なかなか理解し難いものです。まして、女性の美という世界のインサイトですから、男は理解不可能と思われると思います。ところが男性だって理解できるということをお話します。

 私はある30代の男性とこのCMを一緒に見て、彼の中に何か同じインサイトがないかを探ってみました。彼は学生時代から「自分は周りの人とは違うんだ」という思いがとても強い人だったといいます。

 人一倍努力をした、その分「肩書き」や「実績」を着飾っていたと告白します。そんな気持ちから、彼は大学の卒業後、外資系に就職し海外で働きだします。「やっぱりすごい奴だな」と周りから言われることに、ある種の「快感」を感じていたそうです。

 ところが、入社後、周りのレベルの高さに圧倒され、たった3カ月でクビになります。彼曰く「世界で活躍するんだと意気揚々と日本を出発したにもかかわらず、3カ月でクビになって日本に帰る自分がダサくて、格好わるくて、情けなくて、心がグチャグチャだった」だったそうです。

 「これまで海外で働くことをあんなに自慢してきた友人たちは、クビになった私をどう思うんだろう。格好悪い、ダサいって思うんだろうな」そんなことを思いながら、友人たちに怖る怖る報告したそうです。

 すると友人たちは、「クビになったのは残念だけど、正直、日本に帰って来てくれて嬉しい」と言ってくれて、彼はとても救われと言います。

 いままで彼がこだわった肩書きや実績じゃなく、裸の自分を見ていてくれたことに心からホッとし、これまで一生懸命に着飾っていたものは無意味なものだと知る。心の中に張っていた氷が解けて行くような感覚を味わったそうです。

 「肩書き」「実績」といったような狭い定義の人間の価値が彼の心の中にあり、それから解き放されたといいます。

 彼は、Doveのこのキャンペーンに同じ周波数を見つけました。「若い、金髪、細い、白人」といった狭い定義に翻弄される女性たちを解放したキャンペーンだということを心で理解できたといい当てました。



 このように、自分の体験をもとに心を深掘りすれば、例え性別が違っても人としての心がわかるという事例です。

 私がエステーで日用雑貨商品の消臭力にブランディングができると背中を押してくれたのが、このDoveのCMだった のです。2011年震災直後のミゲルと西川貴教さんの消臭力CMからは、かなりインサイトとブランディングを意識して展開してきました。

 震災後には「日常に戻りたい」というインサイトを重要視しました。また、コロナ禍の今は「社会への失望」というインサイトを大切にしながらマーケティング展開しています。

 マーケティングにインサイトの理解があるかないかは本当に売上にも関係します。その辺りは、私の新著『「心」が分かればモノが売れる』に、詳しく書かせていただきましたので、よかったらご覧ください。

 まだまだ、コロナ禍の仕事が続くと思いますが、皆さんが人の心の奥にあるものを見て、それに優しい解決を提供するという幸せなマーケティングが生まれたら嬉しいなあ。そんな青臭いことを考えながら日々を過ごしております。

 *5月20日日経BPより、『「心」が分かればモノが売れる 』が出版されました。インサイトのことをちゃんと書きました。よかったらご参考にしてください。私の大尊敬する糸井重里様も推薦していただきました。糸井さんの帯の言葉がこの本の全てのような気がしています。

 糸井重里推薦

 いちばん謎なのはじぶんである。

 いちばん親しいのはじぶんである。

 だったら、じぶんと語りあおう。

 
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