本田哲也、藤原義昭 特別対談

本田哲也、藤原義昭 特別対談「共創構造がつくる企業と顧客の未来」

 

偏った情報だけで意思決定する消費者が増加

――本田さんの話を受けて、藤原さんはナラティブについてどう思われますか?



藤原 本田さんの著書の中にも、若い世代が「レコメンデーションされた情報」しか得られなくなっていると書かれていました。世の中にはたくさんの情報がありますが、取得できる情報は限定的になっているんです。

私自身、この4月に転職してアパレル業界に入って思ったことは、こうした情報への受け取り形の変化です。

本来、洋服はナラティブな存在でした。自分の若い頃は少ない情報を能動的に取りにいくため、その情報はとても濃いものであったと記憶しています。店員からの「このジーンズに合う服は、これだ」といった提案はありましたが、最後に決めるのは、消費者自身だったと思うのです。

本田 消費者の意思決定に余白があった、ということですね。

藤原 はい。ですが、いまは情報が量的に多いものの中身は薄くなっていて、その情報取得の仕組みもSNSのレコメンデーションになります。その結果、自分自身で情報を整理しきれなくなり、何をしていいかが分からなくなっている人が増えているように思います。

そこでよく起きるのが、インフルエンサーなどが発信した情報に飛び付いて、洋服でもひとつの型の商品が大量に売れることです。自己の判断ではなく偏った情報に影響されており、情報を自ら整理できなくなった裏返しではないかと思うんです。

しかし、それは瞬間風速的なもので情報が常に移り変わるため、売れていた商品もすぐに売れなくなってしまう。企業は、それをコントロールしようと思っても、できなくなっている状況です。

よくダイレクトマーケティングの世界では、「刈り取り」や「囲い込み」といった、あまり良くない言葉が使われています。しかし、そうした言葉が通用する時代ではないんです。

本田 CPAの考え方なども、そのひとつですよね。

藤原 はい。気づいている人は、「刈り取りなんて言うなよ」、「お客さんを囲い込むなんてできないよ」と、すでに理解しています。ナラティブの概念を知らない人でも、何となくそうした状況に気付いている人が増え始めています。

 

ナラティブマーケティングが成立しない理由

藤原 書籍を読んで「本田さんは、すごいな」と思ったのは、ナラティブをきちんとフレームワークにしていることです。このお作法を自分で吸収して考えれば、お客さまと一緒にナラティブな世界をつくれるなと思いました。

本田 実は「ナラティブマーケティング」という考え方もあって、この本もそういうタイトルにする手もあったと思うのですが、それは絶対にやりたくなかったんです。なぜなら「ナラティブ」という言葉を、新しいマーケティングやPRの手法といった、よくあるバズワードにはしたくなかったからです。



世の中には「ナラティブマーケティング」と謳った記事もあります。それを否定するわけではありませんが、ナラティブは結果的にできあがる世界であり、「ナラティブなマーケティング戦略を立てましょう」というのは、少しおかしな考え方です。

私がナラティブカンパニーの代表格として考えているブランドがパタゴニアです。パタゴニアには、ナラティブという戦略があるわけではなく、ナラティブに近しい要素があり、結果的にナラティブになっているわけです。

ナラティブを理解するために、パタゴニアの実践を因数分解することは大事ですが、その実践を「ナラティブマーケティングです!」とは言いたくないと思っています。

藤原 昔、『ビジョナリーカンパニー』という書籍が流行りましたが、もし「ビジョナリー経営」というタイトルになっていたら、全く違う解釈がされていたと思います。

本田さんの書籍も「ナラティブカンパニー」として、ナラティブの後にカンパニーが付くことによって、「企業がどうあるべきか、より高次元で考えてください」と言われているような気がします。ナラティブマーケティングにすると、ハウツーの話になってしまうんですよね。

本田 ありがたい解釈です。書籍の販売を考えると、ハウツーの方が絶対に売れると思うので、葛藤はあるんですけどね。

テーマが「我われは、どうあればいいか」と、哲学的な話になり過ぎてしまうと、読者もモヤモヤする面があると思います。しかし、ナラティブは手法や手段ではないので、「考え方を指し示した」という意味では、今回の書籍は正解だったと思っています。

藤原 よく「○○マーケティング」や「○○経営」といったフレームワークが人気を集めています。なぜ人気かと言うと、みんなが答えを欲しがっているからです。でも、会社によってアセットが違えば、お客さまも違うので、汎用性がないものになりがちです。

本田 企業にとってアンコントローラブルな領域が増えているため、一方的なフレームワークやカスタマージャーニーだけでは、捉えきれない世界になっていますよね。そこで、共創構造が大事になっていると思います。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録