カンヌライオンズ2021審査レポート

カンヌライオンズの審査を経験して、「個人を尊重する企業の取り組みから我々が学ぶべきこと」

 

1人の生き方、考えに向き合う作品のインパクト

――2020年の作品と2021年の作品とで、傾向は変わっていましたか。

 少なくとも私が見たなかでは、思ったほど2年の差はなかったという感覚でした。

 新型コロナウイルスの影響も事前に思っていたほど感じませんでしたし、そこでギャップが大きく生まれたとも思いませんでした。ダイレクト部門のプレジデントが言っていたのは、多くの仕事はしっかりと目の前にある課題を見て、クライアントに寄り添って結果に応えようとすることが目的で、そこにウイルスの影響は必ずしも大きく介入してこないということです。私もそれに近い感覚でした。


――近山さんが、特に印象に残った作品はありますか。

 3つあります。1つ目は、マスターカードの「True Name™」です。LGBTQの中には、戸籍登録上の名前と日常生活の名前が一致していないまま暮らしている方がたくさんいます。そこで、マスターカードがクレジットカードの名義を「与えられた名前(given name)」ではなく、「普段名乗っている名前(True Name™)」に変えることができる施策を立ち上げました。他の海外の広告賞でも、たくさん賞を獲っている作品です。
         
True Name™ by Mastercard

 2つ目もその考えに近しいのですが、ブラジルのスターバックスで行われた「I am」というキャンペーンです。ブラジルではトランスジェンダーの人が名前を変えることは、時間も費用もかかるため容易にできないそうです。それを問題視したスターバックスがお店の一角を貸し出して、無料で合法的に名前を変えられる事務所をオープンしたのです。

 マスターカードの「True Name™」に比べると、規模は小さく感じるかもしれません。しかし、スターバックスはコーヒーチェーン店なのに、なぜこの取り組みを行ったかというと、コーヒーなどを注文すると、カップに名前を書いてくれるカルチャーがあるからです。スターバックスは、名前を元に一人ひとりを大事にする企業なので、この問題に立ち向かいたいと考えたそうです。
        
I Am - Starbucks Coffèe Services


 社会課題に対して「我われがやるべきだ」という感覚を企業が持てることは本当に素晴らしいと思いました。少しずつ世界が変わっている中で、自分たち日本市場で働く人々はまだまだ動けていないように感じます。このような動きができる日本企業はまだ少ない。「True Name™」が評価される理由は分かるし、僕はこの後に続きたいと思いました。

 我われ審査員は、いい仕事(良いクリエイティブ)をできるだけ多くの人に伝えることが任務で、提供すべき価値だと思っています。こういったストーリーも含めて広めていきたいと思った2作品でした。

 3つ目は、オーストラリアで実施されていた「Donation Dollar(ドネーションダラー)」というキャンペーンです。これはシンプルな取り組みで、新デザインで発行された1ドルコインの裏面に「Donation Dollar」と刻印されています。必要とする人のためにコインを使ってくださいという意味です。       

Donation Dollar  

従来の募金の方法といえば、「こんな困っている人がいて、こんなイシューがあるので募金してください」というアプローチが多かったと思います。そうしたメッセージをコインそのものに書くことが、ものすごくダイレクトなアプローチで、私も聞いた当初はシンプル過ぎてすぐには理解ができませんでした。でも、それくらいストレートで誰しもが「そんなやり方があるんだ」と驚くアイデアを国家規模で実現していることが価値だと考えます。

 コインの発行枚数はオーストリアの人口と同じ2500万枚と決め、一人ひとりにコインが行き渡ることを目標としていました。このコインがすべて寄付に回ると、1カ月で3億ドル(約200億円)に到達する計算になります。そこまで国のファイナンス戦略として計算され、デザインにも反映させているところが圧倒的に“イケている”と感じました。よくぞ、このタイミングでやってくれたなと思いました。

 人がこのコインに出会った時、もしかしたら「自分の方が貧しいから他人には使えない」など、いろんな葛藤やしがらみが出てくると思います。このオーストラリアの施策は、「いいことは、積極的に実行していいんだ!」という思いに国民をさせたものです。国家として実行できるのが「格好いい」と個人的に心が動いた作品でした。

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