音部で「壁打ち」 – あなたの質問に答えます。 #33

マーケティング視点から解説。日本でDXが進まない、本当の理由【音部で壁打ち】

          

「DXがなぜ進んでいかないか」論

   
 最近では、「DXがなかなか進まない」といった議論を耳にすることもあるでしょう。そして、①エンジニアが足りない、②マネジメントのリテラシーが低すぎる、などが原因と論じられているかもしれません。

 もっともかもしれないし、意外な盲点があるのかもしれません。そこで、進行中の社会変化を考えるにあたって、参考になりそうな先例を探してみたいと思います。

 以前、グローバルカンパニーの本社で、イノベーションの実践研究と仕組みの導入に関するプロジェクトを担当していたことがあります。そこでは、人類が経験してきた大きなイノベーションと社会変化の先例として、モータリゼーションの進展について、よく研究されていて、興味深い知見もありました。モータリゼーションについては、様々な学問領域から多様な論説が展開されていますが、消費者のパーセプションや行動の観点からは、次の3点が重要だといった議論があります。

 まず、①インフラの充実です。舗装道路や信号が浸透し、高速道路網の発達がモータリゼーションを推し進めました。道路だけではありません。ガソリンスタンド、自動車販売店、中古車の流通、自動車保険や駐車場など車社会を支えるインフラの充実が不可欠でした。同時に、これらの事業者はモータリゼーションから恩恵を得ることもできたので、相互にポジティブな影響を与えつつ加速していきました。

 同時に、②車の運転が民主化されたことも重要です。自動車の側では、車種やメーカーによる運転方法の標準化が進み、技術革新によって運転もしやすくなりました。AT(オートマチック・トランスミッション)やパワーステアリングが標準になり、カーナビや自動運転も充実しました。免許制度が整備されたことで、誰でも運転技術を習得しやすくなりました。自動車側とドライバー側の双方の働きかけにより、誰でもかなり安全で快適な運転ができるようになったのです。ここでも関連する事業者はモータリゼーションから恩恵を得て、消費者であるドライバーも車を使うことでベネフィット(便益)を得られました。
        

            
 意外と見逃されがちですが、これらの根底には、③社会的な強い動機がありました。消費者には、「車に乗りたい、車に乗って出かけたい」という、車で行くべき場所があったのです。友人や取引先と一緒に都会を離れてゴルフや釣りに行き、家族で観光地にドライブに出かける、といったことです。いずれも、電車ではサマにならなかったり、不便だったりしました。

 このように理解を進めると、近年の若者の車離れは①のインフラや②の民主化よりも、③の動機が薄くなってきていることにも大きく起因している、と想像できます。

 カーシェアリングを増やしたり自動運転を進めたりすることは、①のインフラの充足につながり、②の民主化を助けるかもしれません。インフラが整って誰でも運転しやすくなることで、あまり動機が強くなくても「車に乗る」という行動につなげられる可能性があります。同時に、もっとも影響力が大きいのは③の「動機の強化」かもしれません。

 乗らなくなってきたのは乗る動機がなくなったからだと考えるのは、マーケティング的には分かりやすい視点であると思います。消費者調査ではなかなかうまく明示されないこともありますが、多くのブランドでもっとも大きな「買わない理由」は、「買う理由がない」です。車に乗る理由が乏しければ、どれだけ乗りやすくなっても乗ることはないでしょう。

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