TOP PLAYER INTERVIEW #44

スープストックトーキョー取締役に工藤萌氏が就任、「離乳食炎上」対応に関わり転職を決意

  ユーグレナで執行役員を務めていた工藤萌氏が8月1日、スープストックトーキョーへ入社し、取締役に就任した。入社を決意した理由には、4月に起きた「離乳食後期の全店無料提供」の炎上騒動の対応に関わったことがあった。転職の背景から目指す社会やキャリアなどについて、詳しく話を聞いた。
 
スープストックトーキョー 取締役
工藤 萌 氏

大学卒業後、株式会社資生堂入社。営業を経験した後、一貫してマーケティングに従事。低中価格メーキャップブランド「マキアージュ」「マジョリカマジョルカ」を担当し、当時史上最年少のブランドマネージャー、サンケアブランド「アネッサ」のグローバルブランドマネージャーなどを務める。
第一子出産を機に2019年バイオテクノロジー企業の株式会社ユーグレナへ転籍し、マーケティング部門の立ち上げやマスターブランド戦略等を実行。事業本部長、執行役員を歴任。2023年3月よりスープストックトーキョー顧問、2023年8月同社へ入社し、取締役に就任。
 

「離乳食後期の全店無料提供」の炎上対応が決定打となり、入社を決意


―― 8月からスープストックトーキョーに入社を決意した理由を教えてください。

 スープストックトーキョーの顧問をしていた頃から、代表取締役社長の松尾真継から「もう少しコミットできないか」という相談をもらっていました。ただ、ユーグレナの仕事にやりがいを感じていたので、そこまで具体的には考えていませんでした。そんなとき、4月18日に「離乳食後期の全店無料提供」を開始すると発表し注目を浴びました。実は、転職をする決断に至ったのは、この騒動が決定打でした。

 離乳食を無料提供することに対して、一部のお客さまから「子ども連れが増えるなら行かない」や「特定の人だけを優遇するのはよくない」といった批判の声が上がりました。

 さまざまな意見や解釈があることは、当たり前です。ただ、私はひとりの母親でもあり、社会のなかでの振る舞いの難しさを痛感しました。当然、母という立場にある人に限らず、この炎上の裏で傷ついた人がたくさんいたと思っています。

 SNSでいろいろな意見を見ていると、「利他の心を持て」という投稿がたびたび見られました。正論ではありますが、それは自分の心に余裕がなければ生まれません。そこで私は、ただ正論を主張するだけではなく、自然と利他の心が生まれる社会にするためのソリューションを提供したいと強く思いました。

 スープストックトーキョーは「世の中の体温をあげる」という企業理念を徹底的に追及しています。私が「自然に利他の心が生まれる社会にする」を考えたとき、スープストックトーキョーには日常でふと自分を取り戻したり、人に優しくなれるようなきっかけが生まれたりする場を提供できているブランドだと再認識しました。

 この一連の炎上を経験して自分がビジネスを通じて実現したいことが明確になり、スープストックトーキョーでやり遂げたいと思うようになりました。居ても立ってもいられない気持ちになったんです。そして、転職への踏ん切りがつきました。
 

「世の中の体温をあげる」という企業理念を示し、賞賛を受ける


――「離乳食後期の全店無料提供」の炎上は、スープストックトーキョーの企業理念に基づいた対応が賞賛される結果となりました。

 声明文は、松尾が中心となり書き上げました。炎上のきっかけとなった「離乳食後期の全店無料提供」のリリースを発表した4月18日、松尾から「ものすごいことになっている」と連絡があったのです。そこから店舗で離乳食の提供をスタートするまで1週間あったので、その間に議論や論調が刻々と変化していくのを見守りながら、どのように対応すべきかを考えました。

 正直なところ、いずれは沈静化する可能性もあり何も言わずに黙っているという選択肢もありました。ただ、企業としての意思を表明することで、炎上で傷ついた人も含めて抱きしめることができるし、ブランドの存在価値の表明につなげていけるのではと思いました。「世の中の体温をあげる」という企業理念のもとに、どのような思いで事業を行っているのかを文章にしたためて伝えたいと思ったのです。新しく何かを考えたというよりも、創業以来実直に取り組んできていることを言語化していきました。

 声明文の最後には「スープストックトーキョー 一同」と書いてあります。松尾の名前ではなく、「一同」と書いたことに意味があります。ここには、スープストックトーキョーというブランドは、従業員全員のものだという思いが込められています。そのため、声明文の発表前に緊急朝礼を開いて、全従業員に対して全文を読み上げました。中には、声明文に共感して泣いている人もいました。

 ここまで大きな反響があるとは思っていませんでした。声明文の発表後は、賞賛の声が止まず、松尾としばらく泣きじゃくっていました(笑)。この件を通して、私自身もビジネスを通じて実現したいことが明確になりましたし、一緒に働く仲間もそうだったと思います。

 実は、売上も大きく上がりました。店舗は約1.3倍、ECは約3倍となり、母の日ギフトもあっという間に売り切れてしまい、在庫の確保に奔走しました。「炎上」は今やいつ誰に起きるかわからないものですが、会社として一貫してやるべきことに取り組んでいれば、狼狽える必要はないのだと学びました。


お気に入りのスープのひとつである「オマール海老のビスク」を食べる工藤氏。

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