創造的思考の源泉とマーケティング #01

「一目で義理とわかるチョコ」ブラックサンダーの有楽製菓 河合辰信社長が実践する「非王道マーケティング」とは?

 リクルートでクリエイティブ・ディレクターとして広告制作を担当し、武蔵野美術大学では、社会人の創造的思考育成プログラムの講師も務める萩原幸也氏が、創造的思考を駆使してビジネスシーンで活躍するプロフェッショナルと対談し、アイデアの源泉やマーケティングにつながる考え方を解き明かしていく新連載「創造的思考の源泉とマーケティング」がスタートする。

 第1回はブラックサンダーを販売し、強いインパクトのあるプロモーションを展開する有楽製菓 代表取締役社長の河合辰信氏が登場する。「一目で義理とわかるチョコ」のキャンペーンなど斬新でオリジナリティあふれる施策は、どのようにして生まれたのか。また、その根底にある経営思想は何なのか。マーケティングにおける「サイエンス」と「アート」をテーマに、河合氏のマーケティング論を詳しく聞いた。
  
 

実務で身につけてきたマーケティングの勘所


萩原 まず、今回の連載の背景をお話しします。日本のビジネスシーンでは、創造的な発想やクリエイティビティがまだまだ発揮できていない事が課題だと指摘されています。私はこの課題に対して、武蔵野美術大学にてVCP(Value Creation Program)というプログラムを立ち上げ、創造的思考に関するテーマを社会人の皆さんに教えています。

とはいえ、実際に経営の中で創造的思考を実践している人もいらっしゃいます。その中のおひとりとして、「創造的思考の源泉とマーケティング」連載の第1回でお話をお伺いしたいと思ったのが、常にユニークな取り組みをされている有楽製菓さんでした。では、まずは河合さんの自己紹介をお願いできますか。

河合 有楽製菓は私の祖父である河合志亮が創業した会社で、私が3代目です。2018年に2代目の河合伴治と社長を交代してから、6年ほど経ちます。私は大学院を卒業後、シスコシステムズという外資系のIT企業に3年間勤めました。その後、有楽製菓に入ってからは約8カ月の工場勤務、半年ほどの開発部門を経て、マーケティング部を立ち上げました。そこからは常にマーケティングに片足を突っ込んだまま、営業や人事含めて経営に携わってきました。
実は、この仕事を始めるまではマーケティングを勉強したことはありませんでした。マーケティング部を立ち上げるときには顧問を招聘して、勉強会などを開きながら実務で経験して知見を身に着けてきましたね。
 
有楽製菓 代表取締役社長
河合 辰信 氏

 1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。横浜国立大学大学院修了後、2007年シスコシステムズ合同会社入社、システムエンジニアとして大手製造業を担当。2010年有楽製菓入社。入社後は工場勤務、商品開発を経てマーケティングの立ち上げや人事部の立ち上げに関わり、営業の統括も兼務。マーケティング部では、ブラックサンダーの義理チョコプロモーションやラップ動画などのプロモーション活動を牽引。2018年2月に社長を引き継ぎ、3代目社長として2024年2月で7年目を迎える。

萩原 代表になってから、まだ6年なんですね。

河合 はい、ただ5年半の間にはコロナ禍も含まれるので、「もう6年」という感覚が強いです。ありがたいことにコロナ禍でもネガティブな影響は少なく、ファミリー向けの大袋の商品がよく伸びました。ただ、ご当地限定のブラックサンダーなど、観光土産の商品はダメージを受けました。これらの在庫は廃棄するのではなく、全国の医療従事者や病院にお送りしました。社長に就任してすぐに、こうした判断をしなければいけなかったのは、非常に大きな経験だったと思います。

萩原 今回のインタビュー前に、有楽製菓に関する記事をいくつか読みました。ブラックサンダーは大学生協を起点に売れたという記事をみたのですが、そのタイミングはいつ頃ですか。
 
リクルート マーケティング室 CD
萩原 幸也 氏

 山梨生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業後(株)リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員。武蔵野美術大学大学校友会 会長。JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員。県庁公認山梨大使。

河合 大学生協で売れ始めたのは、2005年頃ですね。1994年にブラックサンダーを発売してから10年間ぐらいあまり売れていなくて、2000年代に入り徐々に大学生協で売れ始めました。これは30円という低価格でありながら、ボリュームが多いことが大学生に受け入れられたからです。そして、あるとき京都にある大学の生協の菓子部門で売上1位を獲得するほどの人気になり、その実績をセブンイレブンに提案したところ西日本で売ることが決まりました。そこで多くのお客さまに購入していただき、徐々に全国販売へとつながったのです。

萩原 私が2006年にリクルートに入社したとき、隣に座っていた同期が大量に買っていて、私はそこで初めてブラックサンダーの存在を知りました。当時は、すごい名前のお菓子だなと思いました(笑)。

河合 実は私も大学生協で話題になり始めた2005年頃まで、ブラックサンダーの存在を知らなかったんです(笑)。大学の後輩がたまたまブラックサンダーを買ってきて、なんか見たことある気がしてパッケージの後ろを見たときに「有楽製菓」と書いてあり、非常に驚いたのを覚えています。
  

萩原 そんなエピソードがあったんですね。貴社の主力商品である「ブラックサンダー」のマーケティングについて伺っていきたいのですが、そもそもブラックサンダーはどのような経緯で誕生したのですか。

河合 ブラックサンダーが誕生したのは1994年です。当時、ブラックサンダーの前身ともいえる「チョコナッツスリー」という軽い食感の商品があったのですが、これと対極の重くて食感の強い商品をつくろうと考えて、生まれたのがブラックサンダーでした。
  
1994年発売当初のブラックサンダー

萩原 ブラックサンダーはパッケージも独特でユニークな商品ですが、ネーミングに関して逸話などはありますか。

河合 まず、中にココアクッキーを使用していて、それが黒いので「ブラック」にしました。そして駄菓子なので子どもが好きそうな戦隊モノらしい名前をつけようと考え、「ブラック」の後ろに「サンダー」を付けて「ブラックサンダー」という商品名になりました。3代目のパッケージで、それまではアルファベット表記だった商品名をカタカナ表記に変更したのです。そこから売上が一気に伸びました。
  
現在のブラックサンダー

萩原 ブラックサンダーの誕生以前の主力商品は何だったのですか。

河合 当時はOEMやPB製造がメインで、テーマパーク向け商品を含めて売上の約7割を占めていましたね。残りの3割がNB商品でした。

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