創造的思考の源泉とマーケティング #01
「一目で義理とわかるチョコ」ブラックサンダーの有楽製菓 河合辰信社長が実践する「非王道マーケティング」とは?
「非王道」のマーケティングの源泉
萩原 ユニークなマーケティングに取り組まれている中でも、「一目で義理とわかるチョコ」のキャンペーンは大きなインパクトがあったのではないでしょうか。
河合 おっしゃるとおりです。社内でマーケティング部を立ち上げたのが2011年8月で、約1年半後の2013年2月に義理チョコのキャンペーンを実施しました。当時、これが驚くほど話題になりました。
チョコレートの専門店であれば普通、2月に売上の大きな山がきます。でも当社はチョコレートを生業にしているにもかかわらず、バレンタインの時期に何も取り組んでいなかったので売上が伸びていませんでした。そうであれば、自社で何か仕掛けようと考えて、マーケティング部で動き出しました。
ブラックサンダーはどう考えても本命のチョコではないので、私はパッケージに「義理」と記載して販売することを提案したんです。でも在庫が残ったときのリスクが高いと判断され却下されてしまいました。そこで1年目は、主力のブラックサンダーではなく類似商品のビッグサンダーで、パッケージも「義理」ではなく「ビッグサンキュー」として、汎用性が高いデザインで売り出しました。バレンタインを過ぎたホワイトデーや母の日まで残っても販売できるという算段でした。ただ、結果は売れなかったですね。やはり中途半端なことをしても売れないと実感したので、翌年に振り切って大々的なキャンペーンを打つことを決意しました。
萩原 そんな思い切った取り組みが「非王道マーケティング」と呼ばれていますよね。
河合 何を王道とするかにもよりますが、世の中の一般的なやり方をするつもりはありません。テレビCMなどの宣伝広告を「王道」のマーケティングとするのであれば、我々は「非王道」を歩んできたと言えます。お金をかけるマーケティング施策はいくらでもありますが、その方法で戦っても資金力のある企業が勝ちます。我々はそれ以外の方法を模索しなければ、資金力のある企業には勝てないということです。
萩原 とはいえ、大抵の企業は「王道」を目指していきますよね。なぜ独自の手法を実現できたのでしょうか。
河合 マーケティング部を立ち上げたときの一番のミッションは、「なぜブラックサンダーがこんなに愛されているのかを理解し、それをブラックサンダーおよび他の商品にフィードバックすること」でした。そこで気づいたのは、ブラックサンダーには「余白がたくさんあって、いじりがいがある」ということです。
ブラックサンダーの世界観を通じて、お客さまがいろいろと表現したくなり、自然と口コミで情報を広げたくなる。これこそがブランドのパワーの源泉ではないかと考えるようになりました。そこで重要になるのは、いかに楽しんでネタにしてもらうかです。これがブラックサンダーが愛されるポイントであり、私たちが提供するべき価値のひとつなのです。
萩原 それはどうやって、その見解を導き出したのでしょうか。一般的には、データ分析や消費者調査などを活用することが多いと思います。
河合 データや調査は一切使いませんでした。とにかくブラックサンダーと向き合い「何がお客さまを夢中にさせているんだろう」ということを、仮説を立てながらずっと考えていました。
萩原 マーケティングの中でも「サイエンス」と「アート」のバランスを考えますが、それはまさに「アート」ですね。「サイエンス」は調査などで客観的にデータを集めて理解する一方、「アート」は感性や直感です。単純な調査だけだけでは、「この商品は、いじりがいがある」という仮説は絶対に出てこないと思います。
河合 そうですね。まさに、ブラックサンダーの個性を確信したのが、バレンタインの義理チョコキャンペーンでした。パッケージに「義理チョコ」というコピーを入れていたのですが、それが自虐的でお客さまにとっていじりたくなるような、身近に感じられる要素になっていたと思います。
義理チョコキャンペーンを契機に、工場のある愛知県・豊橋市の路面電車をブラックサンダーのラッピングにしたり、その発車式の日にブラックサンダーの大きなモニュメントをつくって「一日駅長」をしたり、ユニークな発信を続けました。そのような取り組みの理由は、お客さまから「ブラックサンダーが何かまたおもしろいことをしているな」と思ってもらいたいからなんです。
萩原 米国ではスナック菓子の「チートス」が似た戦略を採っています。チートスは歴史もあって、おじさんが食べる菓子で、若者は手が汚れるから食べたがらないらしいんです。そうやってネタにされていることを逆手に取ったマーケティングやクリエイティブを仕掛けていますね。