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新しい「マーケティングの定義」をどう読み解くか【特別寄稿:高広伯彦氏】

 

「サービス・ドミナント・ロジック」を理解する5つのポイント

 サービス・ドミナント・ロジックについて適切に理解するためには、以下の5つが必要と考えている。本記事ではこの中のいくつかを挙げておきたい。

 
 ① 「サービス・ドミナント・ロジック」における「サービス」の理解
 ② 「サービス」という概念への理解
 ③ 「資源統合」という考え方
 ④ 「価値共創」に対する理解と(できれば)「現象学」に対する理解
    顧客は単に消費するだけの存在ではない。価値の共創者である。
 ⑤  企業は「価値」を生み出すことができない

 まずは、①から説明する。「サービス・ドミナント・ロジック」における「サービス」とは、不可算名詞(抽象名詞)の「サービス(service)」であり、個々に無形の財(≒形のないプロダクト)として提供される可算名詞「サーヴィシィズ(services)」ではない。これはこのあと説明する②における「サーヴィシーズ(services)」をもとに、より抽象化・概念化された「サービス(service)」が、「サービス・ドミナント・ロジック」における「サービス」である。

 つまり、美容院でうけるもの、マッサージでうけるもの、飲食店でうけるものなどは「サーヴィシーズ(services)」であり、それをより抽象化・概念化したものが「サービス(service)」である。では、「サーヴィシーズ(services)」の抽象化とは何か。これが②の「サービス」という概念への理解である。

 これを読んでいる読者の皆さんも、髪の毛を切りに散髪に行ったり、マッサージをうけたり、飲食店で食事をしたりした経験はあると思う。これらはすべて「サーヴィシーズ(services)」というプロダクトを提供していると考えられる。これらがいわゆる「モノ(goods)」と違うのは、「モノ」ならそれだけで店頭に並んでいて、それを購入するときに「モノ」の生産者とのやりとりは基本的に生じない。そもそも生産者は「モノ」の買い場には不在だろう。

 しかし、美容院・理髪店でも、マッサージ屋でも、飲食店でも、その提供者と享受者というのは同時的に同じ場所にいて不可分である(同時性・不可分性)。また、それらの客というのは提供者側が提供しやすいような態度や行動をとる(参加性・相互作用性)。例えば美容室・理髪店では、じっと座って頭を動かさないという「参加」をしていると考えることができる。それはその場所でどういった立ち振舞をするべきかというのが、施術者(提供者)との間で共有しているからである。

 こうした「サーヴィシーズ(services)」の特徴を抽象化したのが「サービス・ドミナント・ロジック」における「サービス(service)」である。Lusch氏と Vargo氏の考え方を用いて、「モノ中心視点の思考」から「サービス中心視点の思考」へと、マーケティングに大きなパラダイムの転換を持ち込んだ。それが「すべてはサービスである」という考え方である。

 Lusch氏と Vargo氏によれば、あらゆる企業の経済活動・マーケティングというのは、「モノを介在するサービス」と「モノが介在しないサービス」に分けられるという。例えば、美容室・理容室、飲食店、マッサージなどは「モノが介在しないサービス」であり、保温ボトルや自動車、住宅商品など、ありとあらゆる「製品」の提供というのは、「モノを介在するサービス」と考える。つまり、「モノ」時代が「価値」を持つのではなく、「サービス」によって「価値」が創出されると考えられている。​​​​​​
 

サービス・ドミナント・ロジックは、結婚前のプロポーズ?

  さて、おそらくこのあたりで読者の皆さんの頭の中は「???」となっていると思うので、ここで「サービス・ドミナント・ロジック」を理解するためのもうひとつのキーワードを差し込んでおきたい。それが③の「資源統合(resource integration)」という考え方である。

 例えば髪の毛を切ってもらうときに、施術者・提供者である美容師が客に対して何も言わずにいきなり髪を切ることは普通ないだろう。きっと客側がどのような髪型にしたいかを伝えてくる。そうしたリクエストは客自身の知識や経験、ケイパビリティによるものだ。あるいは、保温ボトルを読者であるあなたが持っていたとして、その中にコーヒーも何も入っていない状態だったとする。棚の中にしまってあるだけの状態とかである。一方で、そこにコーヒーを入れ、それをオフィスに持っていって温かい飲み物を飲もうとするとする。そこには、その保温ボトルを使うに当たっての使用者としてのあなたの知識や経験、ケイパビリティが存在する。

 これら2つの例には、どちらも客側の知識や経験やケイパビリティが動員されている。それと同時に、美容師はその知識、経験やケイパビリティを、保温ボトルのメーカーは、それを生産し客に届くデリバリーまでの知識、経験、ケイパビリティを提供している。

 「サービス・ドミナント・ロジック」では、こうした提供者側と客、売り手と買い手の関係を、単なる主客関係で捉えることはしない。両者の知識や経験やケイパビリティといったものを「サービス」と捉え、互いにそれを交換していると考えるのである。これを「資源統合(resource integration)」と呼ぶ。

 そして、「モノ」自体が「価値」を持つのではなく、互いに「サービス」を交換することによって「価値」を創出すると捉える。つまり、企業と客、売り手と買い手は互いの資源・サービスを提供しあい、共に「価値」を創出していると考え、これを④の「価値共創(cocreation)」と呼ぶのである。

 ここからは、④の「価値共創」に対する理解と(できれば)「現象学」に対する理解について説明する。特に先に挙げた保温ボトルの例でいうと、「グッズ・ドミナント・ロジック」と「サービス・ドミナント・ロジック」の視点の違いがわかりやすいだろう。「グッズ・ドミナント・ロジック」の視点では、保温ボトルそのものに「価値」が内在しているので、購入した使用者は等しく同じ「価値」を共有できると考える。しかし、「サービス・ドミナント・ロジック」では、例えば企業と顧客の関係においては、企業側は自らの知識やケイパビリティにおいて保温ボトルを流通させ、消費者に届くようにしているが、そのモノたる保温ボトル自体はそれだけでは「価値」が発生していないと考える。つまり、購入者が自らの知識やケイパビリティのもと「使用する」ことによって、企業側と購入者側との「資源」や「サービス」が出会い、統合されることによって「価値」が創出されるとする。これを先の「交換価値」に対して、「使用価値(Value-in-Use)」と呼ぶ。

 つまり、使われなければ「価値」は発生してないし、「価値」の発生のためには企業側の資源とお客さん側の資源、両方が必要だということを指す。これをして、「サービス・ドミナント・ロジック」では、「顧客は常に価値の共創者」であると考えている。また「顧客」が「価値」の「共創者」だからこそ、顧客側の知識やケイパビリティの違いによって創出される「価値」とは違うとも考える。この点が、すべての顧客が一様に同一の「価値」を享受できると考える「グッズ・ドミナント・ロジック」との違いなのである。

 ここで注意をしておきたいのは、「お客様の声を聞いて作りました」というプロダクトがあるとすると、それは「共同生産(coproduction)」という別の言葉が当てはめられる。「価値共創(cocreation of value)」というのは実体的な概念ではない。その結果、モノが介在するかしないかはあっても、「価値」そのものが「モノ」であることはない。

 さてこの「価値共創」は、なにもこの概念が生まれたからそうした事象が起きているわけではない。もともと、あらゆるものは「サービス」であり、常に「価値共創」は起きているのだ(顧客は常に価値の共創者)、というのが、Lusch氏と Vargo氏が「サービス・ドミナント・ロジック」で示していることである。いわば、我々の目が「モノ」中心だったから気づかなかっただけであり、顧客側の知識や経験を価値創出の源泉として捉えてこず、企業が「価値」を自分たちで創出し、そして一方的にモノを提供してきていたのだ。まさに、「支配的な考え方」を変えるという話なのである。

 最後に⑤として挙げた、「企業は『価値』を生み出すことができない」というのも、「企業だけで『価値』を創出することはできない」という言葉に変えればもう理解してもらえるだろう。また、この「企業は『価値』を生み出すことができない」という言葉には付け加えるべき、ふさわしいフレーズがある。それが、Vargo氏と Lusch氏の2004年の論文にも出てくる「The Enterprice Can Only Make Value Proposition」である。

 すなわち、「(『価値』を生み出すことができない)企業ができることは『価値』の提案だけだ」である。「価値」は顧客との相互作用によって「共創的」に創出されるものなのだから、企業だけでは生み出すことはできない。ただし、「こういったものはどうか」「こういった使い方はどうか」といった「提案」までは可能である。しかし、それをそのまま顧客が、提案どおりに受け止めるかどうかは別の話である。

 「proposition」というのは、「propose」の名詞形である。そうあの結婚の前段階、「結婚の申し込み=プロポーズ」である。当たり前の話だが、プロポーズした段階では結婚は決まっていない。それを相手が受け止めるかどうかという話が待っている。マーケティングや広告は「恋愛」に喩えられることが多いが、「サービス・ドミナント・ロジック」ではより踏み込んだ「プロポーズ」の話と理解してもらうといいかもしれない。value propositon という企業自身がその経験や知識をもとにした提案を行い、それが顧客が受け入れ、相手側の経験や知識も活用して、共に「価値」を「創出」できるようになるかならないか。

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