トップマーケター直伝 マーケティング用語解説 #01

CRMとは何か?データを活用した顧客体験の向上【トップマーケター直伝 マーケティング用語解説:GDO 志賀智之氏】

 マーケティングを取り巻く状況は、近年急激に変化している。本連載ではマーケティングを巡る重要なキーワードについて、トップマーケターの独自の視点を交えながら、基礎からポイント解説していく。

 初回のキーワードは、マーケティングの基盤とも言える「CRM(顧客関係管理)」。ゴルフのワンストップ・サービス(見る・買う・行く・楽しむ)を展開するゴルフダイジェスト・オンライン(GDO) 執行役員 CMO/CIOの志賀智之氏とともに、CRMの本質を紐解く。


出典:123RF
 
【目次】
1. CRMとは?
2. CRMの歴史
3. CRMのメリット
4. CRMの注意点
5. 志賀智之氏に聞くCRMの実践例と展望
 

1.CRMとは?


 CRM(Customer Relationship Management)は「顧客関係管理」などと訳される。企業が多様化する顧客ニーズに対応し、一人ひとりの顧客情報や購買データを保存・管理・分析し、リピート購買や顧客との継続的なコミュニケーションに生かすマーケティングの概念・手法。

 具体的には、CRMシステムを使って顧客情報を一元的に収集・管理・分析し、顧客のニーズや嗜好を理解。マーケティング・営業活動を効率化するだけでなく、新規顧客の獲得から購買後の関係維持、休眠顧客の復活、クロスセル・アップセル、より優良な顧客への成長を促すなど、企業活動を貫く包括的なプロセスとして重視されている。
 
ワンポイント
 CRMにおいて重要なのは、顧客体験です。買う時だけではなく、買う前と買った後を含めて1to1のコミュニケーションを図り、顧客体験をより良いものにしていくのが真髄。それをインターネット上で何千、何万というお客さまに対して実現するためにはテクノロジーの力が不可欠です。また、実店舗がある場合は、インターネット上で得られた顧客情報を店頭でも把握できれば、よりお客さまに寄り添った接客ができますよね。小売に限らず、ホテルのコンシェルジュなどさまざまな業種で同じことが言えます。
 情報を蓄積してお客さまの解像度を上げ、顧客体験とLTV(顧客生涯価値)を上げていく。それをITの力で支える基盤がCRMです。(志賀氏)
 

2.CRMの歴史


 顧客情報をデータベースとして記録し、接客に生かす手法は古来、行われてきた。ITシステムを駆使する現代のCRMはおもに2000年代以降、インターネットやEC通販の普及、顧客ニーズの多様化や人口減少を背景に、データ分析や生成AIなど新たなテクノロジーを統合しながら発展を遂げてきた。

【1990年代以前】
 国土が広く、通販が早くから栄えた米国を中心に、顧客の名前や住所、購買履歴などをコンピュータに保存・追跡する取り組みが広がる。日本では1980年代からカタログによる総合通販が広がり、さらに1990年代にかけて、テレビCMや新聞の折込チラシを駆使して健康食品や化粧品などの定期購入を促す「リピート通販」も躍進。

【1990年代~2000年代】
 1995年に米国でAmazonが創業。日本ではWindows95が発売され、1996年には検索サイト「Yahoo! JAPAN」、1997年にはインターネット・ショッピングモール「楽天市場」がサービス開始。2000年にアマゾンジャパンが本のオンライン販売をスタートし、インターネットとEC通販が急速にビジネスと生活に浸透していった。

 2000年代になると、通販の主戦場はカタログ通販やテレビショッピングからECに急速に移行。さまざまな業界や中小企業、個人商店などが、続々とECモールに参入したり、独自のECサイトを開設したりした。

 それとともにオンライン上の顧客データとCRMの重要性が高まった。顧客のオンライン上での行動履歴や、企業からのDMやEメールなどに対する反応をデータとして収集・分析するためのツールやテクノロジーが次々と登場した。

【2010年代~現在】
 誰もがスマホを持ち歩くようになり、ネット情報から実際の行動につなげる「OtoO(Online to Offline)」、さらにはオンラインとオフラインの垣根を無くして顧客体験の最大化を目指す「OMO(Online Merges with Offline)」といった概念・施策が注目される。2020年から本格化したコロナ禍ではサブスクリプションビジネスも急成長した。

 CRMを巡っては、スマホやタブレットなどで大量の情報を閲覧・活用できる環境が整備されたことで、専用ツールの開発・導入をする企業が増加。人口減少や顧客ニーズの多様化を背景に、既存顧客との関係性維持やより深い顧客理解、優良顧客への育成の重要度が増す中、CRMを包括的な経営戦略と位置付け、専門部署を設置する企業も。2022年末にオープンAIの「チャットGPT」が公開されると、生成AIをオンライン接客などCRMに活用する例も増えている。
 
ワンポイント
 近年はCRMという言葉の周りにさまざまな概念や手法が派生し、解釈が拡大していったイメージがあります。たとえば顧客一人ひとりに対する「パーソナライズ」や、おすすめ商品を打ち出す「レコメンド」、それらの対応を自動化する「マーケティングオートメーション」、顧客育成の「ナーチャリング」、一人の顧客が長期的にどれだけの価値をもたらしてくれるかを測る「LTV」などです。CRMというと仰々しく聞こえますが、要は昔ながらの商店が馴染み客やお得意様の趣味嗜好に合わせて接客をすることと同じ行為です。(志賀氏)
 

3.CRMのメリット


 CRMによってマーケティングに限らず、企業活動全体においてさまざまなメリットが考えられる。
 
  • CX(顧客体験)の向上:顧客への個別最適化したサービス提供が可能になり、購買意欲の向上による売上増加、離脱や他者への移行の防止、リピート購買の促進、顧客ロイヤルティーの向上が期待できる。顧客自身がSNSなどを使っていい口コミを広めてくれる可能性があり、広告費を抑えながら新規顧客獲得につながる場合がある。
  • マーケティング・営業活動の効率化:顧客解像度を高めることで、より精度の高いターゲティングが可能になる。また、複数部署にまたがって一元的に顧客情報を管理したり、人力で行う必要のないタスクを自動化したりすることで、顧客に対するアプローチのミスや重複、矛盾を防ぎ、効率化や生産性アップが望める。
 
ワンポイント
 CRMは「魔法の杖」ではありません。CRMの重要性を認識しシステムを導入する企業が増えていますが、システムはただの器でしかなく、顧客体験を具体的にデザインすることが必要です。新たな顧客接点を生むサービスを作り、各接点におけるコミュニケーションを最適化することが、顧客体験を向上させ、顧客との関係維持・強化に繋がります。
 なおCRMが向いている業態と、向かない業態はあると思います。たとえば大勢の人が日常的に利用するコンビニは、顧客をセグメントし、ターゲティングすることはできるかもしれないけれど、CRMを活用して個人の特徴をリアルタイムで捉え、顧客体験を向上させる施策を継続的にやり切れるかというと、なかなか難しいと思います。
 また、企業によっては高額なCRMツールは必要ではない場合もあります。自社事業にとって、顧客のカスタマージャーニーのどこに力点を置けば顧客体験向上とLTV最大化につながるかを見極めることが大切です。(志賀氏)
 

4.CRMの注意点


 顧客に寄り添うマーケティングが注目される中、顧客との関係管理を重視するCRMにあらためて関心が高まっている。良いことづくめに見えるCRMだが、どんな注意が必要なのか。
 
  • 目的の明確化:ツール導入前に顧客獲得の効率化、売上向上、LTV向上など、具体的な目標を明確に設定し、ツールを自社事業に合わせてカスタマイズする。既存の顧客データベースや、マーケティング領域に特化したMA(Marketing Automation)、SFA(Sales Force Automation:営業支援ツール)との使い分けや融合を図ることも重要である。
  • 従業員の理解と習熟:CRMの基盤となる顧客情報は正確で、かつ合法的に入手・取り扱われる必要がある。入力ミスやデータの紛失・毀損・流出などはCRMの効果を低減させるだけでなく、重大なコンプライアンス違反になる可能性がある。そのため、リーダーは従業員にCRMシステムの概念や運用方法を適切に理解させ、活用を促す必要がある。
  • 個人情報の取り扱い:データプライバシーへの関心は高まっており、2022年4月1日施行の改正個人情報保護法では、クッキー等を通じて収集された個人のウェブサイトでの行動履歴は「個人関連情報」に位置付けられた。2023年6月施行の改正電気通信事業法によって、ユーザー情報が外部の広告企業などに送られる場合、ユーザーが送信先情報や利用目的を知ることができるよう、事業者に一定の措置が義務付けられるようになった。企業は収集した顧客情報を何のために、どう使うかについて明確化と透明性を求められている。
 
ワンポイント
 顧客の性別や年齢、趣味嗜好、身体情報、消費行動、アンケートの回答情報。これらは貴重なゼロパーティ、ファーストパーティデータであると同時に、元々はお客さまのものです。それをなぜ、企業が預かるかというと、すべては顧客体験の向上に活かすためです。
 たとえばGDOで把握した身長や靴のサイズを、お客さまの依頼で別の企業に提供したなら、お客さまがその企業のお店に行ったときに商品選択に失敗せず、より良い体験をすることができます。
 逆に、勝手に別のビジネスに転用してしまうと、お客さまが見たくもない広告が表示されるなど、不快な体験に繋がります。なぜお客さまのデータを預けてもらうのかという原点を忘れず、サービスレベルを上げていくべきです。(志賀氏)
 

5.志賀智之氏に聞くCRM活用例と展望
~ゴルフダイジェスト・オンラインの場合~


 GDOはゴルフライフを360°網羅するサービスを展開しているため、ゴルフのプレーやゴルフ用品の購入などの他にもたくさんの顧客接点を作ることができます。購買に直結しないメディアコンテンツや、スコア管理サービスも、顧客との関係を維持するための重要な接点です。
  

 また、GDOといえばリッチなコミュニケーションがよく知られています。たとえば会員登録の後には、GDOのことを理解していただくためのメールを何段階にもわたってお送りするのですが、基本的に販促的な要素ではなく、お客さまとの距離を縮めるためのコンテンツをお送りします。購買に関しては、商品をカートに入れたとか、サイト内で検索したとか、そういったお客さまの行動に合わせてフォローアップのメールを送ったりしますし、サイトからゴルフ場を予約した場合はプレーまでの期間にゴルフ場の詳しい情報をご紹介したりします。プレー後にスコアが登録されたら、プレーの感想を伺うLINEを送るという試みをしたこともありました。カスタマージャーニーに沿って最適なコミュニケーションを設計し、マーケティングオートメーションで自動化することにより、日々お客さまにマッチしたサービスやコンテンツを提供しています。GDOが目指す良い顧客体験とは、あらゆる接点で顧客一人ひとりに寄り添って「やっぱりGDOは分かっている」と感じてもらうことです。

 質の高いコミュニケーションは、1対1なら人間にできますが、何千人も相手にとなると難しい。だから、データベースやマーケティングオートメーション、AIなどのITの力で対応力を上げるのがCRMという取り組みです。今後、生成AIなど新たなテクノロジーも、顧客体験を向上させるツールになることでしょう。膨大な商品やコンテンツからお客さまにレコメンドするエンジンの精度向上や、メールの文面、クリエイティブへの関与などが想定されます。さらなる顧客体験の向上に向けて、GDOでも活用に取り組んでいます。
 
ゴルフダイジェスト・オンライン 執行役員 CMO /CIO
志賀 智之 氏

 2008年入社後、IT戦略室長、情報活用推進部部長を歴任し、お客さま体験デザイン本部(現UXD本部)設立後、同本部長を経て執行役員CMO/CIOに就任。データの活用と徹底した顧客中心のマーケティング設計により、会員基盤やサービスの相互利用を着実に拡大し売上の連続成長を実現している。
 

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