新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #04

『SPY×FAMILY』を生んだ「少年ジャンプ+」はなぜ、紙媒体がある中で「初回全話無料」に踏み切れたのか

 

ライバルは「週刊少年ジャンプ」、初回全話無料でタッチポイント増やす


徳力 海賊版マンガビューアサイト「漫画村」(2018年に閉鎖)の騒動は、違法な海賊版を取り締まる必要性を示す一方で、デジタルのニーズの高さも表していました。先ほど申し上げたように、失礼ながら私も学生時代はマンガの立ち読みや回し読みをしていたものですから、この騒動でマンガ業界が厳格さを増し、一気に有料化・クローズドになってしまうのではないかと少し心配していました。

そんな中、「ジャンプ+」は2019年4月から、アプリをインストールした後、初回に限りオリジナル連載作品を全話無料で読める「初回全話無料」サービスを始めましたね。時代の流れとは逆張りの挑戦だったのではないでしょうか?

籾山 「ジャンプ+」創刊時に目指したのは「デジタル・スマホでの週刊少年ジャンプ」です。では「週刊少年ジャンプ」とは何かというと、オリジナルの連載作品をみんなが読み、共通言語になるような媒体です。そこで「ジャンプ+」編集部の方針は、読者数・閲覧数の多さに価値を置くこととしました。もちろん、多くの人に面白いと思ってもらえる大ヒットマンガを生み出すのは皆の共通目標です。

「ジャンプ+」はもともと、最新話は無料として、毎回追っていればずっと無料で読み続けられる仕組みにしていました。ランキングも閲覧数に基づいて付けられ、現場スタッフだった私も含めみんな、作家さんと打ち合わせ、面白いものをつくろうと奮闘しました。けれど、閲覧数はどうしても連載途中から伸びにくくなり、だんだん減っていってしまう作品がほとんどという傾向がありました。

徳力 テレビドラマも途中からだと分からないから、回が進むごとに視聴率が下がっていってしまいますね。

籾山 紙の雑誌の場合、1冊買うと目当てのマンガ以外の作品もなんとなく読んで、面白ければ次第にファンになっていきますよね。「週刊少年ジャンプ」の読者アンケートでも、盛り上がる回では、アンケートの票数も一気に伸びます。だけどWEBマンガ誌では、目当ての作品だけを読む読者が多い傾向もあり、連載途中から人気が盛り上がる作品がなかなか生まれませんでした。いくら最新話や第一話が無料でも、途中からだとなかなか参入できない。もちろん、単行本を買ったりコインを買ったりすれば読めるのですが、もっと手軽に読めるチャンスを増やせば、閲覧数が増えて話題になる流れをつくれるのではないかと考え、「初回全話無料」に行き着いたわけです。

徳力 「ライバルは週刊少年ジャンプ」だからこその高いハードルですね。ジャンプの読者数を目安とした時に、通り一遍の施策では追いつけない。顧客とのタッチポイントを大幅に増やすための施策だったわけですね。
  

籾山 ずっと無料だと、流石に単行本の売れ行きに影響しかねないし、反対の声もありました。「初回だけならいいのでは」という意見が出て、それならいいか、という感じでまとまりました。

もし「ジャンプ+」創刊時にこの提案をしていたら、「もう少し慎重にした方がいい」という声が出たのではと思います。しかし、2019年当時の「ジャンプ+」や電子書籍の売上は非常に伸びていましたし、デジタルが伸びても、紙の単行本の売上に響くことは少ないという認識が編集部ではありました。無料施策自体はさまざまなシーンで増えていたし、判断しやすかったのではと思います。

徳力 先ほどの「実験」として雑誌とデジタルで同時配信をやってみたのもそうですが、さまざまな実験結果やデータ、ノウハウを積み重ねてきたからこそ、売上に悪影響を及ぼさないという判断ができたのですね。大きな目標に照らして、編集部がOKすれば思い切った無料施策も打てるというところが、現場重視の集英社ならではです。

※後編に続きます。
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