新時代のエンタメ舞台裏~ヒットにつなげる旗手たち~ #05

目指すは「DRAGON BALL」超え 集英社「少年ジャンプ+」が実現する究極のUGCと価値共創

 

UGCにオープンイノベーション、デジタルが加速する価値共創


徳力 今日はもう一点、「ジャンプ+」で2023年9月に始まったブラウザ版新機能「切り抜きジャンプ+」についてもお伺いさせてください。著作物であるマンガの扱いを読者に委ねるというのは、日本の通常の著作権ホルダーにはあまりない行為だと思います。最近では旧ジャニーズ事務所の元メンバーで構成されるTOBEが「自分たちが発信する動画や画像を自由にSNS投稿していい」という攻めたガイドラインを出した流れもありますが、集英社で「切り抜きジャンプ+」のようなことができるのはなぜでしょうか。

※切り抜きジャンプ+:ブラウザ版の「ジャンプ+」でお気に入りのページの「切り抜きツイート」をタップすると、好きな場面を切り抜き、スタンプなどでデコレーションしてマンガへのリンク付きでXに投稿できる。会員登録すると自分の投稿から閲覧された数もカウントできる。(アプリ版は対象外)

籾山 前提として、「切り抜きジャンプ+」で提供しているのは担当編集者が確認(権利者である作家が合意)している作品のみです。ただ予想に反し、ほとんどの作品で提供できています。作品がSNSで話題になりやすくなることは、作家さんも嬉しいのです。「ネタバレ」のリスクには注意しつつ、基本的にはどんどん広げていってほしいという声が多いですね。
  

徳力 蓋を開けたら実は求められていた、ということですね。ただ、SNSにはさまざまなリスクがあるのも事実です。「著者の権利をリスクにさらすな」という反対意見にはどう対応しましたか?

籾山 まず海賊版といった、作家に不利益があるような作品の出方はなくなってほしいですし、厳しく対応すべきだと考えています。一方で、作家や読者にとってポジティブな使い方に関してはケースバイケースで柔軟に考えるのがいいのではないかと思います。

反対意見は作家の利益を思いやるからこそ出るものなので、編集としてはしっかりコミュニケーションを取り、作家さんの希望を聞くことが最も重要だと思います。また、提供を希望しない作家さんの作品は掲載しないと、明確に分けることは大切です。

実際のところ、「切り抜きジャンプ+」に対するユーザーの反応は非常に良いですね。作品を応援してくれている読者が、自分の投稿経由で何人が作品を読んだかということが数字で出ることに、非常にやりがいを持ってもらえる状況です。

徳力 なるほど。読者が自ら商品の良さを発信していく「UGC」であると同時に、貢献が可視化され、もっと発信を頑張ろうという気持ちにさせる「推し活ツール」にもなっているのですね。私は常々、日本は著作権の扱い、特にコンテンツをWebにアップすることについて厳格すぎる嫌いがあり、応援が不活化する流れを残念に思っていました。

でも、「切り抜きジャンプ+」ならばオフィシャルでOK、しかも応援自体が楽しい。作家が読者の投稿にリプライして交流が生まれることもあります。これはいろいろな企業の顧客コミュニケーション、価値共創の参考になると思います。

籾山 「切り抜きジャンプ+」はもともと、2017年から開催している「少年ジャンプアプリ開発コンテスト」という募集企画(2020年「ジャンプ・デジタルラボ」に改変、開発企画を常時募集する窓口を開設)の中に、原形となるアイデアがありました。SNSを通じて作品がシェアされて新しい読者が増えていき、しかも自分の投稿を経由して読者が何人増えたか分かる、というのが非常に面白いなと思ったのです。打ち合わせを重ねて現在の形になりました。

徳力 典型的なオープンイノベーションですね。集英社、ジャンプには公募のカルチャーが受け継がれていますよね。

籾山 少なくとも編集部に関しては、自分たちでマンガが描けるわけじゃないので、才能ある作家さんの持ち込みや公募を通した出会いから、いろんな作品が生まれてきた事実があります。なので、何かあれば外部の人の協力を得ながら仕事をしていくという文化は、根付いているかもしれませんね。

徳力 ちなみに、集英社は縦スクロールマンガに特化したアプリ「ジャンプTOON」を2024年にリリースすることも発表されていますよね。確かにスマホで読むには縦読みの方が読みやすいところはありますが、横開きのジャンプに慣れ親しんだ身としては、どうなるのかなという気がします。

籾山 スマホで読まれることを前提とした縦読みには大きな可能性があり、会社としては強化していきたい分野です。一方、書店でも電子書籍でも入手でき、SNSでもシェアしやすい横読みには、まだまだ読者との接点を開拓するチャンスが眠っていると思います。

徳力 縦読みマンガはある意味、スマホに特化しているコンテンツ。横読みはアナログなイメージですが、実は紙だけでなくSNSと相性がいいというのは面白いですね。これからの時代、ハイブリットに読者にリーチしていくのが大事ですね。

籾山 そう思います。私たちの子どもの頃を思い返せば、「少年ジャンプ」は単に読むだけじゃなく、みんなで感想を言い合ったりする体験全体が面白かった記憶があります。インターネット上でもそういうコミュニケーションを広げていただきたいですし、コンテンツや企画、システムづくりといった面でも、紙雑誌版の読者アンケートと同じように、読者の反応や、そして技術やアイデアを持った外部の方々の協力をもらいながら、面白いマンガを生みだしていきたいと思います。そういう意味では今も昔もそんなに変わりません。

徳力 マーケティング目線ではマンガはコンテンツですので、それをいかに売るかということを考えがちですが、そうではなく、マンガを読者や企業、エンジニアなどさまざまな人と一緒につくっていくコミュニティーと捉えれば、デジタル化はむしろローコストで、よりグローバルにコミュニケーションをとりやすくなっているのですね。私の方がアナログとデジタルを分けて考えすぎていたのかもしれません。

籾山 「ジャンプ+」の目標は、毎週の更新日に1000万人が読んでくれるマンガを生むことです。僕が子どもの頃の一番人気は鳥山明先生の『DRAGON BALL』で、かつて回読率は3くらいだったというデータを聞いたこともあり、立ち読みや回し読みを含めると、あくまで個人的な推定ですが、1800万人ぐらいが毎週読んでいたのではと思います。

現在の「ジャンプ+」はアプリのダウンロード数2700万超、平均MAU700万/月でブラウザ版含めれば1100~1300万となります。『SPY×FAMILY』とか『チェンソーマン』のような人気作品は、毎週200~300万人、海外も含めると300~400万人ほどに読まれているという推計ですが、それでもまだ超えていない。いずれ『DRAGON BALL』や『ONE PIECE』を超える人気作品を生み出す場所にしていきたいです。

徳力 夢のある話を伺えました。ありがとうございました。
  
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