トップマーケター直伝 マーケティング用語解説 #04

DtoCとは何か?「売る」から「顧客と価値共創」の時代へ 【トップマーケター直伝 マーケティング用語解説:西井敏恭氏】

 

2. 先進地・米国のDtoC


 米国には飛躍的に業績を上げたDtoCのスタートアップ企業が多数存在する。以下は代表的な事例の一部。

【Warby Parker】2010年創業のアイウェアブランド。自社で企画から販売まで行うことでメガネの価格を大幅に下げ、DtoCの先駆的存在になった。メガネを紛失した学生が高価な費用のためにメガネ無しで授業を過ごしたのが創業のきっかけというストーリーや、「Home Try -On」という自宅での試着サービス、メガネを買うたびに途上国に寄付するという「Buy a Pair, Give a Pair」の取り組みなどが共感を呼んだ。2015年には米メディアFast Companyが発表する「世界で最もイノベーティブな会社」1位に選ばれた。

【Everlane】Radical Transparency(過激な透明性)をスローガンに、生産と価格設定の過程を徹底的に透明化していることで知られるファッションブランド。従来の小売で買った場合はどれだけ高くなるかを顧客に示し、過酷な労働環境や大量廃棄といったアパレル業界の課題にも切り込む。少量生産で売り切る生産管理や、在庫処分に留まらない意味性を持たせたセール、SNSを駆使した集客などで支持を獲得している。

【Allbirds】石油由来の合成素材に代わり、ウールなどの天然素材やリサイクル素材を使い、生産から廃棄の過程までカーボンフットプリント(商品のライフサイクルで排出された温室効果ガスの総量をCO2量で表したもの)ゼロを目標とするアパレルブランド。高品質・手頃な価格と環境負荷低減を両立したスニーカーを主力とした商品で支持を集める。レオナルド・ディカプリオ氏など著名人が投資していることでも知られる。
 
ワンポイント
 米国のDtoC成功事例として紹介されることが多いユニコーン企業は、サステナビリティーに関する強いメッセージが印象的ですが、全体的に見れば、米国でDtoCが上手くいったのはほとんどが「価格破壊」によるものです。メーカーがネットを通じて直接販売することで、これまで広い国土に点在する小売店舗に届けていた流通コストを大幅に削減し、価格が大きく下がったということがポイントになります。

 さらに大事なのは、コストが下がったことで顧客の体験価値が上がったということです。たとえば2千円のものを原価率2割で流通問屋や百貨店を介して販売する場合、お客さまのもとに届く頃には1万円になります。これらを介さず原価率5割で売ればお客さまは4000~5000円で買えます。「こんなに安く良いものを買えた!」と体験価値が向上しますね。こういった情報がSNSなどで拡散することでますます売れ、DtoC市場が大規模化しているのが米国です。一方、日本では大きく躍進するDtoC企業はなかなか生まれてこないのは、構造的な課題があると思っています。(西井氏)


出典:123RF
 

3. 日本のDtoCと課題


 日本でDtoCが本格的に花開いたのはコロナ禍の2020年ごろと言われる。ただ、それ以前の早い段階からDtoCに着目、あるいは実践していた企業はあった。

【FABRIC TOKYO】低価格でスーツをオーダーメイドできるオンラインサービスを2014年にリリースしたビジネスウェアブランド。実店舗でサイズを採寸し、約10万人の採寸実績とデータに基づいて個々の顧客に最適な提案を行う。

【八代目儀兵衛】京都の老舗米屋をルーツとして2006年にオンライン販売を開始。こだわりの米と独自のブレンド技術、京都のブランド力を生かした商品アイデアでギフトの定番に躍進。近年は大手企業の炊飯器やコンビニおにぎりの監修なども行い、お米のソリューション企業に成長している。

【I―ne】2007年に設立し、「BOTANIST」や「YOLU」などのヒットブランドを連発するDtoC企業。自社で商品企画からプロモーション、Eコマース・流通、デジタルマーケティングなどを担い、独自のブランドマネジメントシステム「IPTOS」によって需要予測の精度とヒット率向上に成功。ECやSNSなどからダイレクトにリーチできる会員顧客を積み上げ、海外展開も成功させていることから注目される。
 
ワンポイント
 日本のEC通販は多くがOEM(Original Equipment Manufacturing:他社ブランドの商品の受託製造)で、自社工場で製造する企業が少なく、本当の意味でのDtoCがまだまだ行われていないのが現状です。OEM自体は悪いことではありませんが、これによってコストが下がりにくいこと、そして小ロットで製造→テスト販売→お客さまの反応を見ながらアジャイル的に商品開発・マーケティングを一気通貫で行うという、DtoCのメリットを発揮しにくいのが、日本のDtoCが抱える構造的な課題です。

 米国などでは原材料等を大きな規模感で調達して製造へとスムーズに繋げ、コストを下げてマスで売っていますが、日本ではそこまで大規模に調達できないし、スタートアップではそれだけの体力もない。こういった理由から、日本では製造は外注せざるを得ないという企業が多く、DtoCは比較的ニッチなセグメントに売る小規模な市場になりがちです。

 また、製造を受託するOEM企業にもマーケティング的な組織や思想が乏しく、優れた技術を持ちながら製造のみに留まってしまっているのも勿体無いことです。従来の商習慣や考え方に囚われた企業が多く、新しい道を拓く人材がなかなか出てきません。ただ現在では、OEMでもアジャイル的に商品改善したり、自社で企画を行うOEM企業も出てきたりしていて、そういった企業は成功しているように思います。(西井氏)

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録