トップマーケター直伝 マーケティング用語解説 #04

DtoCとは何か?「売る」から「顧客と価値共創」の時代へ 【トップマーケター直伝 マーケティング用語解説:西井敏恭氏】

 

4. 西井敏恭氏に聞くDtoCの「本質」


 DtoCがこれまでの通販と根本的に違うのは、「お客さまと一緒に価値をつくる」という考え方です。たとえば私が所属するオイシックス・ラ・大地は自社工場を持ち、自社にレシピを作成する人もいて、毎週のように中身の違うミールキットが届く仕組みを提供しています。ミールキットは自社でつくるDtoCです。ミールキットは最初から現在のように売れていたわけではなく、ファンになってくれたユーザーがいて、その方々の意見を取り入れながら、商品が持つ価値を私たち自身が理解し、調味料なども細かく変えながらチューニングした結果、支持される商品となったのです。企業が一方的に訴求するのではなく、「今ある商品ではできないけれどこういう生活がしたい」という人たちと一緒につくったから、受け入れられたのだと思います。自社で製造機能まで持つDtoC企業はまだ少数派ですが、商品の価値をお客さまと共につくることができるのが、DtoCの本質的な価値です。

 DtoCの台頭は、マーケティングの目指すべき方向性が変わったことも示唆しています。以前までのメーカー通販では売るまでがマーケティングの中心でしたが、売ったあとも重視される時代になったのです。企業は対価を受け取って終わりという考え方から脱却しなければなりません。最近よく「ファンマーケティング」という言葉も聞かれますが、コミュニケーションの形だけではなく、プロダクトやサービスにきちんと連動させていくことがポイントと考えます。

 象徴的な例が、携帯電話のカメラ機能です。2010年には携帯電話保有者のうちスマホ比率は4%程度だったのが、2015年に5割を超え、2023年には96%に達しました(※)。PCでネットを見ていた頃より圧倒的にスマホに接する時間が増え、それに伴い企業のコミュニケーションやマーケティングもスマホ前提に変わりました。10数年前には携帯カメラ性能はそこまで高くなくていいと言われていたのに、現在のスマホカメラの重要性は言うまでもありません。AppleやGoogleがお客さまの行動を見て、性能を磨き続けた結果でしょう。
 

出典:123RF

 お客さまとダイレクトにつながるからこそ分かることには、たとえばWebサイトのトラフィックデータ、購買データがあります。データの取得や利用については規制が強まっていますが、それは健全な方向性だと思います。お客さまを価値共創する人として大切に扱い、同意に基づいて正当に入手したデータを使って、UX(顧客体験)やプロダクトを磨き続けることが大切です。

 そして、このようなDtoCの効果を発揮するためには、ひとりのトッププレーヤーではなく組織の総合力が必要です。まず考えられるのはマーケティングの内製化とフラットな組織体制です。

 現在はマーケティング専門部門を設ける企業が増えましたが、かつてはマーケティングと言えば広告に依存し、広告運用のノウハウや戦略は広告代理店に丸投げしする企業が多かったのです。しかしこれでは当然、クイックな動きとフィードバックが難しくなります。

 世の中の動きや消費者の声をリサーチ・キャッチアップしてプロダクトと連携し、SNSでの発信・コミュニケーション・UGC(ユーザー生成コンテンツ)施策まで、マーケティングを自社で完結できるスキルを持ちつつ、外部のパートナーと連携していくのが理想です。また、マーケティングというのが広告だけの機能の話ではなく、商品やサービス改善も含めて会社全体で取り組む組織の改造が必要です。このため、階層型組織はDtoCに向きません。中間を挟むほど動きが遅くなり、お客さまに届ける価値も目減りしやすくなります。

 これらはボトムアップだと限界があり、経営者のリーダーシップが必要です。まずはI―neさんや(自社オリジナルブランドの健康美容商品等をECで販売する)北の達人さんなど、成功しているDtoCを広告などの手法だけではなく、組織設計のあり方などもしっかりと学んでみることから始めたらいいと思います。

 コロナ禍でDtoCやサブスクリプションは躍進しましたが、これらのバズワードを表面的に捉えて、きちんとマーケティングをしていない企業が多かった印象です。顧客から預かったデータを顧客体験の向上に使わなかったり、無理やり解約させないような仕組みにしたりしても失敗することは、メーカー直販で何十年も前に証明されています。「お客さまとの共創」によって、これまでになかった価値を生み出せる可能性があるDtoCの本質を、ぜひ考えてみてください。

※NTTドコモ「モバイル社会研究所」調査結果
 
シンクロ 代表取締役社長
西井 敏恭 氏

 1975年福井県生まれ。2年半にわたる世界一周の旅行記を更新したWebサイトが人気となり、帰国後、旅の本を出版し、EC企業にてデジタルマーケティングに取り組む。二度目の世界一周の旅をしたのち、2016年にシンクロを設立。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行うほか、複数企業の取締役を兼任する。その傍ら旅を続け、訪問した国は150カ国近く。 全国のマーケティングイベントやビジネスフォーラムでの講演、雑誌・新聞・テレビなどメディア掲載多数。
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