師弟対談 #01

音部大輔氏とスープストックトーキョー工藤萌氏の師弟対談、ブランドの存在意義を伝えた資生堂時代の秘話

 

会社の決定を覆したブランドマネージャーとしての責務と判断


――工藤さんは順調なキャリアを歩んでいるように見受けられますが、音部さんから見て、工藤さんのどのような行動や考え方が、現在のキャリアにつながっていると思いますか。

音部 工藤さんに限らず、キャリアを順調に積み重ねている人たちの多くが、わかりやすい実績をもっていますよね。もちろん、スキルやケイパビリティなどで評価されることはありますが、実績はとてもわかりやすく目の前にあるので評価もしやすいです。それは歴史上の人物を思い浮かべても同じで、何かしらの実績で語られることが少なくないですよね。

私にとって、工藤さんはマジョリカ マジョルカのブランドを担当していたときの功績が印象的です。当時、資生堂は全ブランドで所与の利益率を達成するという目標を立てていました。しかし、ブランドによって要求の倍の利益率を出せているところもあれば、ギリギリの利益率のところもあるので、全ブランドで一律の利益率を達成するという目標の立て方は、間違いではないものの、おそらく最適解ではありません。そのために、ブランドのポートフォリオがあるのですから。

先ほども申し上げた通り、CMOの定義は企業によって異なりますが、その中でも複数ブランドを擁するCMOは、ポートフォリオをマネジメントする必要があります。全ブランドの利益率を一律にするのではなく、全体で要求される利益率を達成するために、どのブランドが何をやらなければならないかを考えなければいけないわけです。
  

例えば、それは騎馬戦です。ひとつの騎馬は、ブランドマネージャーを筆頭に4~5人で構成されています。資生堂は約20のブランドがあるので、全体のブランド戦略を20騎で行う騎馬戦だとすると、その中には足の速い騎もあればそうではない騎もあるため、各騎が同じようなゴールを目指すよりは、全体で協力して勝利を目指すほうが効率的に達成できる可能性が高いわけです。

その中でマジョリカ マジョルカは、初めてお化粧するような中学生や高校生に向けたメーキャップブランドで、そこまで利益が出ているわけではありませんでした。しかし、自分のお小遣いで初めて買ったメイク用品で「可愛くなった、綺麗になった」という自己肯定感が上がった感覚があると、生涯のメーキャップへの投下金額が二桁レベルで増えるといわれています。

工藤さんが秀逸だったのは、それをきちんとデータで示したことです。そして、マジョリカ マジョルカの役割として重要なのは全体と同じ利益率を達成することよりも、初めての化粧を絶対に成功させることだというプレゼンを私たちにしたのです。

会社の指示は所与の利益率でしたが、盲目的にそれを目指すのではなく、自分のブランドであるマジョリカ マジョルカを会社の圧力から守るというのも、ブランドマネージャーにとって非常に重要な責務です。自分のブランドが5年後になくなってしまうことを恥じ入るという姿勢を彼女が持っていたからこそ、生涯のメーキャップ投下金額をデータできちんと示すことができ、マジョリカ マジョルカは存続できたんです。

工藤 高い利益率を出せるのであれば、当然そうしたほうがいいに決まっているのですが、それを一足飛びに目指そうとしたら、単純に投資を抑えるという話にしかなりません。ただこのブランドがやるべきことはそういうことではないなと思ったんです。

それなら「マジョリカ マジョルカ」というブランドの存在意義に立ち返り、全体のポートフォリオの中での役割を発見して、それを理解してもらう必要があると考えました。実際に調査をしていく中で、自分でもこれは本当に意味のあるブランドだと信じられましたし、チームのメンバーも信じられたのです。だから、それを一度ぶつけてみようと思ったんです。

音部 あの提案は秀逸でした。すばらしかったな、あのプレゼンテーションは。とはいえ、たしか、私が帰るときにフロアを回って各チームとインタラクションしていたときに、工藤さんから事前に少し聞いていたんですけどね(笑)。
  

工藤 はい、根回しですね(笑)。音部さんにこういうことを伝えて、どんな反応が返ってくるのかを試してみたかったんです。そこでわかってもらえないと感じれば、投資を絞って高い利益率を目指す提案に変更していたでしょうね。

音部 いまの話を聞くと、私をうまく説得しただけに聞こえますが、これはイノベーションなんですよ。イノベーションは基本的には失敗するので、成功させるためには実験して調整していくことが必要です。事前に廊下で話していれば、皆が見ている場で大破壊が起きることはないですからね。

それと、自分のやりたいことが明確であるということも、工藤さんのキャリア形成につながっているひとつの要素なのではないでしょうか。やりたいことが明確で、それを実現するためには何ができているべきかを把握している。やるべきことをうまく再解釈しているわけです。

たとえば、当時の彼女が実現したかったことは、マジョリカ マジョルカがポートフォリオの中で重要な役割を果たすこと、すなわちマジョリカ マジョルカとしてのブランドがなくならずに、お客さまから長く愛されることでした。

それを成功させるために、彼女は所与の利益率に猛進せず、本当に成すべきことは何なのかをきちんと提示しました。それを客観的なロジックで説明して、組織を納得させることができたんです。それをやり切る行動力や情熱があることも、すばらしいところではないでしょうか。

――工藤さんは、そうしたことを意識して取り組まれてきたのでしょうか。

工藤 正直、そんなに明確には意識していませんでした。本当に必死で取り組んでいたと思いますね。ブランドマネージャーとして初めて担当したブランドでしたし、チームメンバーも3人と少なく、規模もそこまで大きくはなかったので、会社は自分に新しい試みを期待してチャレンジさせてくれているのだと思っていました。だから、それまでの延長線に乗った提案ではなく、私が手掛けることで新たな価値をお見せできたらと思っていたんです。

※中編 堅実にキャリアを歩んでいるマーケターの共通点【師弟対談:音部大輔氏とスープストックトーキョー工藤萌氏】 に続く
 
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