TOP PLAYER INTERVIEW #70
宇多田ヒカル 宣伝プロデュースを手掛ける梶望氏が明かす、デビュー25周年ベストアルバム『SCIENCE FICTION』のマーケティング戦略
ベストアルバムと連動させた全国ツアーとの展開
――メディアなどが多様化する時代の中で、どのように新しいファンを獲得しようと考えていますか。
常に、スタートとゴールを決めることから戦略を立てます。宇多田ヒカルの場合、スタートはもちろん「作品」そのもので、ゴールは「誰にこの作品を届けたいのか?届くのか?」です。今回は長年のファンだけでなく、若年層や海外において新規のファン層を開拓し、市場を広げていくことをゴールとしてイメージしました。
そのために、現在の状況を徹底的に分析しました。その結果、近年は様々な要因により、若年層や海外の新規ファンが増えていることがわかりました。また、満島ひかりや佐藤健などが出演した『First Love 初恋』というNetflixのドラマでは、1999年に大ヒットした名曲の「First Love」と、その19年後に発表した「初恋」の2つの作品からインスパイアされた物語が描かれたこともあり、新たな若年層を多く獲得しました。一方で、アジア圏でも40~50代前後のファンはもちろんのこと、このドラマきっかけで若年層を含む2世代に渡って人気が再燃しました。
こうした分析と、開拓すべき層として主に「若年層」と「アジア圏」を設定しました。スタートとゴールがはっきりすれば、あとはその間にある具体的な施策を検討するだけです。数多くのアイデアを出し、ここでも本人を含むチームでの議論を重ねて取捨選択していきました。
海外施策としては、米国・カリフォルニア州で開催される世界最大級の音楽フェス「コーチェラミュージックフェスティバル」に、一昨年はじめて出演しました。アジアのアーティストも多数出演していて、若いアーティストも親の影響などもあり宇多田ヒカルのことを知ってくれていました。我々が想像しているよりも海外の門戸が開いていると感じました。
ベストアルバムのリリースに連動し発表した全国ツアーは、現在ロンドンを拠点に活動している宇多田ヒカルが、デビュー25周年を迎えたこと、また日本国内とアジアのファンに対して距離を縮めたいという気持ちもあって開催することを決めました。先日、7月13日にマリンメッセ福岡A館(福岡県)を皮切りに全国ツアーがスタートしました。
また、全国ツアーに伴いコンサート事務局側は「Hikaru Utada Tour Official」というアプリをリリースし、ライブ予約の受付を開始する取り組みを同じタイミングで行いました。宇多田ヒカルはデビュー当初から、ファンクラブも作らず、先行販売もせず、すべて抽選での一般販売としてきました。今回のアプリも、コンサート事務局サイドで、できる限り公平な環境を提供するために導入したようです。
実際にアルバムを購入し、アプリをダウンロードして抽選に参加し、さらにチケットも買ってくれるのは、かなりエンゲージメントの高い顧客です。マーケティング上、そういった熱いファンのデモグラフィックデータを収集することも重要だと思います。ただ、そこばかりに着目すると偏りが生じて見誤ってしまうリスクがあるため、アプリユーザー以外の層にもアプローチするために定量・定性双方を含めて多角的に調査しなければいけないと考えています。