TOP PLAYER INTERVIEW #71

宇多田ヒカルの“血”の通ったプロモーション戦略の真髄とは?「作品ファースト」で世界に挑む【ソニー・ミュージックレーベルズ梶望氏】

 

原石を正しく磨きながら、若年層・アジア圏にリーチしていく


―― 今後の宇多田ヒカルさんのプロモーションを含めたマーケティングやビジネス視点での展望、目標などについて教えてください。

 これからも、これまでと同じように宇多田ヒカルの“作品ファースト”で展開していくことは変わりませんが、どれだけ新しいファンを国内外問わず開拓できるかが重要だと考えています。現在、音楽業界でヒットの指標とされているのは、「1億ストリーミング(1億回再生)」ですが、その数字を達成する方法はひとつではなく多様にあります。現在のマーケットとターゲットに合ったフレキシブルなマーケティング戦略は、宇多田ヒカルだけでなく、他のアーティストにとっても重要なポイントだと考えています。



―― 今回のアルバムは、新たに開拓すべき層として主に「若年層」と「アジア圏」を設定されましたが、今後は具体的にどのようにアプローチしていくのでしょうか。

 いまはソーシャルメディアの発達で、作品やプロモーションの裏側が見えてしまう時代になりました。特に若年層に対しては、大人の事情で強引につなぎ合わせたような匂いを出さないように、前後の文脈をしっかり考えた上で“血”の通ったプロモーションを展開するように気をつけています。「大人の事情」を感じ取ると、彼らは引いてしまいますから。

 昔のように「あらかじめ仕組まれたヒット」は生まれづらい世の中になりました。これまでのように大人が仕組んでヒットを生み出すことは、”音楽マーケティング”にとってはある意味不自然だったのかもしれませんね。ファンが自発的に動いてオーガニックに広がっていくことが音楽の健全なヒットの姿だとすれば、現在のヒットの方が健全だと思います。ただし、メディアも個人の趣味嗜好も多様化しているため、昔のような誰もが歌える、誰もが知っているヒット曲はつくりにくいのです。

 特に重要なのはユーザーの心に引っかかりをつくることです。ファンエンゲージメントの視点で言えば、先ほど紹介したARでファンが遊べる場をつくるなど、狙いすましたものよりも自然発生的なものに価値を見出し、それが更に別の価値をつけて広がり、エンゲージメントを高めていくような環境をつくることがこれからの課題です。作品エンゲージメントの視点では、もちろん業界人としてはチャートを気にすることはありますが、今のリスナーの人たちにとってはチャートのニュースよりも身の回りにいる半径3メートルぐらいの人たちが、「この作品、いいね!」と言ってくれるような環境をつくることのほうが大事だと思います。

 ただ、宇多田ヒカルにとっても、作品によってマーケティング戦略の正解が異なるので簡単ではありません。タイアップ先によっても取るべき戦略は違いますし、映画ではその映画を中心としたお客さんとのコミュニケーションも考え、「綾鷹」では先ほどのARを使った広告コミュニケーション手段をとることもあります。一緒に取り組むパートナーによって戦略は大きく変わってくるので、そこをしっかりと見定めた上で、正しく作品を聴いてもらう場をつくることを意識しています。

―― 海外については、どのような取り組みをされていくのでしょうか。

 日本と海外では国・地域ごとにマーケットやユーザーの特徴が全然違うので、信頼できる海外のマーケターと協力することが非常に重要だと考えています。宇多田ヒカルの場合は、ソニーミュージックにインターナショナルの担当者がいるので、その人と一緒に戦略を練りながら進めています。各国の文化や受け取り方をしっかりと理解し、それに合わせたアプローチをすることが大切です。

 海外でも宇多田ヒカルの“作品ファースト”のスタンスは変わりません。ただ、日本とはまた異なる認知があることも理解しています。そのため、日本よりもアーティストとして宇多田ヒカルが表に出ていかないと、海外の浸透は難しい場面もあります。しかし、そればかりに注力してしまうと、日本のファンが距離を感じてしまう可能性があります。この辺りは日本と海外のバランスを取りながらチームで議論を重ねながら慎重に進めることが大切だと考えています。

 いずれにしても、アーティストがつくる作品を生業にしている我々は、その純粋さ、原石をどれだけきれいに磨き、世の中を正しく照らしていくことを考えるのが仕事です。その方がこのストリーミング時代の音楽マーケティング戦略の正解に近くなり、作品の健全な売れ方につながると信じています。

―― 本日は貴重なお話、ありがとうございました。

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