創造的思考の源泉とマーケティング #05
グロテスクなものに踏み込めるのは親の「愛」があったから【元テレビ東京ディレクター上出遼平】
人々の欲望に訴えかけて、本当に見せたい出口へと導いていく
萩原 そうして高めた解像度を、どのようにアウトプットにつなげていますか。
上出 僕が作ってきたものは「ドキュメンタリー」が多く、これまで人が「蓋をしてきたもの」や「見たくないと隠してきたもの」を取り上げています。その理由は、僕の中にこの世界における他のさまざまな可能性を知ってもらいたいという欲望があるからです。
僕が見せたいものの多くは説明不可能なことだったりするのですが、世の中のテレビ番組はそのすべてを説明可能であると思い込ませたり、白黒はっきりさせてしまったりするものばかりですよね。僕はそれに嫌気がさしているのですが、多くの視聴者はそうした説明可能なものを見たいので、どうすればいいかを考えるわけです。
萩原 上出さんの著書では「グロテスク」という言葉を頻繁に使っていましたよね。普通の人は、人間のグロテスクな部分を見ないし、もし見ていたとしてもそれをうまく活用できないと思うのですが、上出さんはそうした方向への感度が高いと以前から思っていました。
上出 大前提として、理屈で説明できるものはこの世界のほんの一部しかないという認識があります。言葉やロジックで説明できないことは、人間にとって恐怖ですよね。理解不能なものが目の前に立ち現れたとき、人間は混乱し怯えます。それを、僕は便宜的に「グロテスク」と呼んでいるんだろうなと思います。
僕が作品を通して見てもらいたいものは、そのままでは多くの人が見たいと思ってこなかった、すごく小さな世界です。それをゴールとすると、多くの人にそこへたどり着いてもらうためには、スタートの間口をどう広げるかが重要です。
そのために手を変え、品を変え、人々の欲望に訴えかけていきます。書籍『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』(徳間書店)も同じです。楽に仕事がしたいなと思って手に取ったものの、まったく思いもよらなかったところへ連れて行かれちゃいます。
萩原 『ハイパーハードボイルドグルメリポート』もまさにそうした作品ですよね。グルメという多くの人が興味を持つテーマを入口にして間口を広げています。先ほど、説明不可能なものを見せたいというお話がありましたが、言葉では伝わりきらないようなことを伝えるときに心掛けていることはありますか。
上出 受け手の脳みそを使ってもらうことを意識していることかもしれないですね。映像や音声、書籍であろうと、道具は限られている中で、受け手がその内容をどのぐらいの強度で経験できるかは、その人の脳みそをどれだけ能動的に動かせるかに掛かっていると思います。
たとえば、夢で見た内容は、映像で見るよりも体験としての強度があるじゃないですか。つまり、自分の脳みそで生み出したものを体験している状態は、能動的な身体性を伴うリアルな経験なんです。そのため、受け手の脳のリソースを使って世界を構築するということを考えています。
最近は、表現の手段として映像よりも文章を選ぶことが多いのです。読書は読み手が解釈した状況を頭の中で生み出して、そこでセリフなどの言葉を響かせて経験していく身体性のある作業だと考えているからなんです。
萩原 身体性を伴う経験が重要なんですね。
上出 そうですね。身体的や肉体的であることの逆は、受動一方通行のバーチャルそのものです。バーチャルなものは1度、人間がフィルターを通して再構築されたものに過ぎません。そうすると、その現実がもっているとんでもない量の情報は、ほとんどが捨象されてしまうんです。それは映像でも、360度カメラでも限界があります。
そうすると肉体ごとその場に行く経験と、その場の様子をバーチャルで知る経験では、経験の深さがまったく違いますよね。もちろん感動も、苦しみも、喜びもすべて肉体を持っていった経験に比べて、肉体なしで経験したものは目減りするんです。
当たり前のことですが、人の心を動かしたりしたいと思っている人は、肉体的や身体的な経験をないがしろにしていいはずがないわけです。だから、先ほど紹介した「muda(ムーダ)」のYouTubeでもあえて過酷な環境に行き、山登りをしているんです。
萩原 トレイルを映像にしている納得感が増しました。いまのマーケターにとって大切な視点は何だと感じていますか。
上出 僕はその道のプロではないのですが、強いていうのであれば、皆さん少しビビりすぎだと思います。ビビれば、ビビるほど数字を信じてしまうんです。数字やデータを軽視しているわけではありませんし、活用できるのであれば使ったほうがいいのですが、数字は世界のほんの一部でしかありません。数字は神ではないんです。他にも信じるべきものがたくさんある。
結局、マーケターは何かを誰かに届けたいわけですよね。そうであれば、「こういう人に届いてほしいんだ」っていうことをしっかりと突き詰めれば、本当はマーケティングなんていらないのではないかなと思います。
この商品は、こういう人にとってすごく素晴らしいものなんだということがあれば、必然的に良い広告が生まれると思うのです。「これすごくいいですよ」と奨めるだけですから。
萩原 そうですよね。誰に届けたいか、N1を突き詰めることで、良い広告は生まれますね。
上出 本当はシンプルなことだと思います。現代はシンプルなことが、シンプルではなくなっていると感じています。その商品が本当に世界を良くすると信じているのであれば、そこに立ち戻って考える必要があります。