マーケターズ・ロード 出口昌克 #01

P&G、日本コカ・コーラを経てソーダストリーム参画の出口昌克氏が驚嘆した10年で売上10倍以上の市場開拓戦略

 家庭用炭酸水メーカーを製造・販売する「ソーダストリーム」のカントリーマネージャーとして日本オフィスを統括する出口昌克氏は、消費財ビジネスのプロフェッショナル。前職は日本コカ・コーラのバイスプレジデント、前々職はP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)ジャパンの執行役員 マーケティング本部長と、輝かしいキャリアを歩んできたように見える。

 しかしその道のりは、P&G時代は「首の皮一枚つながった状態の時期もあった」と振り返り、現職においても「史上最低の社内アンケート評価」を受けるなど、苦難の連続だった。そんな出口氏がさまざまな施策を実行し、ビジネスの飛躍的な成長と社内評価の改善を実現できたのはなぜなのか。謙虚な言葉の端々から、困難な時代を生きるマーケターの糧となるヒントを探っていく。

 第1回は2011年に日本上陸し、2021年から出口氏が加わったソーダストリームが、炭酸水を飲む習慣のなかった日本で市場を開拓してきた軌跡を辿る。グローバルの中でも重要なポジションを占めるまでになった独自の戦略とは。(全4回)

※出口氏は7月24日に東京大学で開催される35歳以下のマーケターを対象とした学びのキャンパス「ライジングキャンプ2024」でキーノートに登壇予定。
 

着任早々、マーケティング理論を覆される

 
ソーダストリーム ジャパンカントリーマネージャー
出口 昌克 氏

 プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンにて執行役員マーケティング本部長、日本コカ・コーラにてバイスプレジデントとして国内外計15のブランド管理経験を持ち、消費財ビジネスにおける中長期戦略立案を得意分野とする。2021年より現職。カントリーマネージャーとしてソーダストリームの日本オフィスを統括する。

 2021年にソーダストリーム日本オフィスのヘッド(カントリーマネージャー)として参画しました。自分の理想とする組織運営をしたかったというのが一番の理由です。P&Gジャパン、日本コカ・コーラでの経験を生かして、社員が幸せを感じながらビジネスの結果も出せるような、真の意味で強い組織をつくりたいと考えました。

 もちろん、「飲み物習慣に変革を起こす」「人や地球により良い選択肢を提供する」といったソーダストリームの理念や社風は重要な判断基準でしたし、ビジネスモデルとして今後さらに伸びる余地があり、自分の知識や経験を生かして貢献できる点が多いと考えました。ちょうど、アジア初のガスシリンダー充填工場が日本国内で建設されたのを知ったのもひとつの指標になりました。

 正直、外資系の会社で心配なのは、ちょっとビジネスが上手くいかないと日本から撤退してしまうことです。工場新設は日本市場が本社からも重視されている証左だと判断できました。

―― 入社後、どのようにマーケティング戦略を見直したのでしょうか。

 それが、大変驚きました。入社して、まず思ったのは「コミュニケーションの内容が多すぎる」ということでした。1本のテレビCMの中にベネフィットが4つも入っている。私がP&G以来、20年間学んできたのは、広告やマーケティング戦略をつくる時にベネフィットは極力絞るということでした。あれもこれもベネフィットを伝えてしまうと、消費者には何も伝わらない。だからこれは、やめた方がいいのではないかと、やはりP&G出身のマーケティング部長に言ったのです。

 ところが帰ってきた返事は「違います。炭酸水メーカーというカテゴリーに関しては、複数のベネフィットを伝えないとお客さまは購入を検討してくれない」というものでした。信じがたくて消費者リサーチを行うと、彼女の言うことが正しかったのです。戦略的ブランドベネフィットである「いつでも好きなだけ、好きなように炭酸水をつくれる」だけだと、お客さまはついてきてくれません。いくつかベネフィットを追加していくことが、このカテゴリーにおいては正解なんだと、非常に新鮮な驚きを抱きました。

 実際、私も消費者インサイトを知るために、「アンバサダー」と呼ばれる店頭販売員を数回経験し、お客さまと1日中接することでよく分かりました。最初のベネフィットを伝えると「欲しい」とは言ってくれるのですが、そこから購入に至るまでに「でも」が多いのです。

 価格の問題だけでなく、キッチンに物を置くということは、キッチンを主に使う人にとって大きな意思決定になります。その時に、炭酸水でご飯を炊くと美味しいこと、料理やドリンクに活用できること、多彩なフレーバーシロップも楽しめることなど、複数のベネフィットを発信し、自分以外の家族みんなが喜んでくれると納得していただいて、ようやく購入に動き出してくれるのです。意思決定者のためだけでない複線的なコミュニケーションが、これほど効果を持つとは意外でした。

 長く信じてきた理論が覆されて、「やはりお客さまの言うことが一番正しい」と、あらためて実感した出来事でした。

ソーダストリーム公式HPより。多彩な炭酸水活用レシピが掲載されている。

 

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