マーケターズ・ロード 出口昌克 #01

P&G、日本コカ・コーラを経てソーダストリーム参画の出口昌克氏が驚嘆した10年で売上10倍以上の市場開拓戦略

 

普及率に合わせた配荷戦略


 マーケティングで一番難しいのは、新たな習慣をつくることです。

 ソーダストリームは1903年に英国で創業され、家庭用炭酸水メーカーを世界47カ国、8万店で展開する炭酸水ブランドです。ガスシリンダー1本でペットボトル120本分の炭酸水をつくれることから、もともと炭酸水の消費が多い海外では、便利、経済的、エコで健康的といった便益を訴求していました。

 ですが、日本では習慣が全く違います。ソーダストリームで既存のペットボトルの炭酸水を置き換えてくださいと言いたくとも、そもそも炭酸水を飲んでいる人が少なかった。お茶の代わりに飲んでくださいと言っても容易ではない。それで、すでにある日本の食文化の中に入っていき、炊飯や料理の一部を炭酸水に置き換えてもらう、といった施策から始めました。

 健康ブームが急速に強まった2015年頃からは、普通の水を美味しく健康的な「無糖」の炭酸水に一瞬で変えるという便益で炭酸水需要の波に乗りました。コロナ禍では「おうち需要」が高まり、ハイボールの割材として、「好きなだけ炭酸水をつくるのに最適」という便益が受け入れられました。

 無理に新しい習慣をつくるのではなく、消費者の既存の習慣をより良く置き換えることで、需要を生み出すことができたのです。

――食文化に溶け込み、既存の習慣を置き換えることで需要をつくってきたんですね。他にも普及のために注意した点はあるのでしょうか。

 日本市場における重要なポイントが、配荷です。よく「メンタルアベイラビリティ(想起のされやすさ)」と「フィジカルアベイラビリティ(物理的な入手しやすさ)」と言われますが、お店で頻繁に見かけることは認知につながりますし、買いたいと思った時に買えないと忘れられてしまいます。配荷は営業戦略と見られがちですが、お客さまのすぐ手の届くところに置くというのは、立派なマーケティング戦略です。



 一方で、単に目新しい一過性のガジェットとして扱われてしまっては、定着しません。食文化の中に根付いていくために、チャネル展開にはこだわりました。具体的には、初期の配荷では食文化への活用という面を丁寧にコミュニケーションできる百貨店や専門店にフォーカスしました。メーカーとしては家電量販店に置いてほしいという思いは当然ありましたが、そこはグッと我慢して、どの小売店でも十分な売上貢献ができるようになるまで、普及率に合わせて配荷していったのです。

 現在、全国9,500店以上の店舗で商品を取り扱って頂き、交換用のガスシリンダーもさらに身近なお店で買えるようになってきたのは、小売店や流通と一緒に成長できるビジネスモデルを確立してきたからだと思います。

――コロナ禍の「おうち需要」の伸びがターニングポイントになったのでしょうか。

 当初から5年、10年、15年と描いてきた、ライフスタイルの中に炭酸水を根付かせていくという戦略が着実に実行されていると考えます。コロナ禍で業績予想を上方修正したのは事実ですが、もともと「欲しい」と感じてくださっていたポテンシャル層の需要が、コロナ禍で顕在化したと捉えています。売上推移の詳細は公表していないのですが、ここ10年で10倍以上になっています。

 マーケティング戦略上でターニングポイントとなったのは日本独自の広告をつくり始めてからです。グローバル企業では、海外のクリエイティブを踏襲して広告をつくることが多く、売上が小さい段階ではリソースの観点からも従うほかありません。

 しかし、すでに炭酸水をお茶のように飲む習慣がある欧米と日本では、「なぜソーダストリームを買うのか」という理由づくりのフェーズが異なります。ソーダストリームを買う理由に加えて「なぜ炭酸水を飲むのか」という啓蒙も必要でした。この点を本社に丁寧に説明して、早い段階で日本独自の広告をつくったことが成長につながりました。

 さらに、日本の著名人をCM、店頭POSMに起用したことによって、ブランド認知度、想起率が上がり、ポテンシャル層が急速に拡大しました。ビジネスのレベルがグッと上がった瞬間だったと思います。

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