TOP PLAYER INTERVIEW #72

岩井琢磨氏、奥谷孝司氏らの顧客時間がMBOで独立 「ネットワーク組織によるCX デザイン」で目指す進化とは

前回の記事:
宇多田ヒカルの“血”の通ったプロモーション戦略の真髄とは?「作品ファースト」で世界に挑む【ソニー・ミュージックレーベルズ梶望氏】
  2018年に設立されたネットワーク型のマーケティングコンサルティング企業である顧客時間が、今年6月に経営陣によるマネジメントバイアウト(以下、MBO)を実施し、大株主であった博報堂DYグループの大広から完全独立した。

「ネットワーク組織によるCX(顧客体験)デザイン企業」を自任する顧客時間は、各事業会社の経営課題にどう向き合っているのか。そして今回のMBOにどのような意義があるのか。顧客時間の共同CEO 代表取締役の岩井琢磨氏と奥谷孝司氏、Chief Producerでこのほど取締役に就任した風間公太氏の3人に話を聞いた。
 

「弱い紐帯の強さ」


―― そもそも顧客時間はなぜ、コンサルティング会社でありながら「ネットワーク型」という組織形態を選ばれたのでしょうか。
 
株式会社 顧客時間 共同CEO代表取締役
岩井 琢磨 氏

1993年博報堂DYグループ入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクターを経てブランドコンサルタント。ダイエー再生プロジェクトに参画。2012年にコーポレート・コミュニケーション・センターのセンター長に就く。製造業、サービス業界を中心に、部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランディングおよび企業コミュニケーション設計プロジェクトを数多く手がける。
2018年に顧客時間を設立し、共同CEO代表取締役に就く。2023年から株式会社AgeWellJapan顧問。2024年から明海大学非常勤講師。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。内田和成研究室に所属。著書に『マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P ✕ エンゲージメント』(共著、日経BP社)『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『イノベーションの競争戦略』(共著、東洋経済新報社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)などがある。日本マーケティング本大賞など受賞多数。日本マーケティング学会理事。

岩井 社会全体や産業構造におけるデジタルイノベーションが進む中、企業はこれからの顧客行動の変化を解釈し、それに応える自社のビジネスモデルの各要素をリ・デザインしていくことに取り組んでいます。

この時に必要となるのが、実現したい「顧客体験」から描くことです。いかに優れた商品を開発しても、いかに多大なデジタル投資をしても、それが結果として「優れた顧客体験」に結実しなければ、顧客から優位性をもって選択されることはないからです。

このようなアプローチを取る時に、大きく2つの思考のシフトが求められます。ひとつが企業基点から顧客基点へのシフト、もうひとつが商品基点から体験基点へのシフトです。このようなシフトを起こすために、いかに多様性ある外部の観点を取り入れて活用し、社内人材の変化を促せるかが、企業にとっての大きな課題になっていると思います。

顧客時間というネットワーク組織は、まさにそのような「多様性ある外部との接続」という役割を果たします。「新規性の高い価値ある情報は、会社組織のような緊密な関係性ではなく、弱い繋がりの人々からもたらされる可能性が高い」という考え方は「弱い紐帯の強み」と呼ばれますが、それを持つ「外部の人材ネットワーク」を自社組織に接続させるわけです。

顧客時間には現在、国内外の40名以上のメンバーが「参画」しています。それぞれのメンバーが異なる専門性を持つと同時に、そのキャリア・バックグラウンドも様々です。大手の事業会社に所属しているメンバーもいれば、スタートアップに所属しているメンバー、自身の企業を経営しているメンバーも、フリーランスとして活動しているメンバーもいます。

こうした多様なプロフェッショナル人材がひとつのネットワークを築いている組織は、国内では稀だと思います。これまでは異なる組織のマーケティング人材が集う場はあっても、一緒に仕事をするという仕組みは、ほとんど確立されていませんでした。どうしても所属企業に縛られるので、たとえば社会や事業を変えていくような大規模なサービスやシステムをつくろうというときに、皆が参画するといったことはできなかったのです。

専門性の高い多様な人材を、各事業会社の経営レベルの課題に直結させる仕組みをつくろう、というのが創業時からの顧客時間の考えでした。

―― CX デザインにおいて、ネットワーク組織が機能しやすいのはなぜでしょうか。

奥谷
 CX デザインという領域自体が、多様な観点を必要とします。我々は顧客にとっての「素晴らしい体験」を描くことだけがCX デザインだとは捉えていません。その前提となる事業目的や顧客価値の明確化はもちろんですが、これまでとは異なる顧客体験を実現するためには、顧客戦略や顧客理解のシステム、さらには組織が設定するべきKPIも変わってきます。これらを含んだ「CXを実現するための事業システム全体をデザインすること」が、本来のCX デザインです。多彩な人材が集まるネットワーク組織だからこそ、あらゆる角度からのアプローチが可能になります。

CX デザインにおいてネットワーク組織が機能しやすいもうひとつの理由が、スピードです。CX プロジェクトの多くが、多層的な設計を必要とする一方で、プロジェクトにオンライン環境を組み合わせることで高速化しています。顧客時間の持つ“弱い紐帯”を生かすマネジメントモデルは、各メンバーが組織に縛られない自由な環境でスキルを組み合わせることを可能にしており、結果として非常にスピーディーに、CX デザインの各要素を連携した形で描き出せるという特徴があります。

自由な環境というのは「フリー」というよりも「リバティ」、つまり自律的で能動的なニュアンスです。多種多様な専門性を持つ人材が、自由にそれぞれの能力を発揮できる環境の方がパフォーマンスが良くなるということは、私がかつて所属した「無印良品」を展開する良品計画でも実感していたことです。

CX デザインにおける多層化と高速化。ネットワーク組織は、この2つに応えられるモデルだと思います。
 
株式会社 顧客時間 共同CEO代表取締役
奥谷 孝司 氏

1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。 2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2018年に顧客時間共同CEOに就く。 2020年からLazuli株式会社顧問。
2010年3月早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。2021年3月一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程単位取得満期退学。著書に『マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P ✕ エンゲージメント』(共著、日経BP社)『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。

―― 顧客時間が今回、MBOによって大広から独立した理由を教えてください。

岩井 これまで大株主であった大広は、「我々は、企業と顧客と、社会を敬愛する」という理念を持ち、強い顧客基点の思考を持った企業です。その姿勢は顧客時間と完全に同期しており、クライアントのDXや新規事業開発において何を重視するかは同じです。

一方で顧客時間のプロジェクトは、クライアント企業のニーズに応じて、都度チームが編成され、常に更新され新しいメンバーが柔軟に参画します。このようなネットワーク組織の強みを最大限に活かしていくためには、特定の企業に縛られることなく、クライアントにとって必要な機能を拡張できることが重要です。今回のMBOという選択は、方向性の相違や転換ではなく、ネットワーク組織が成長し、その可能性をさらに追求していく過程として生まれたものです。

奥谷 もともと顧客時間は、大広の仕事を後ろで引き受けるのではなく、これまで立ち入ったことのない領域にチャレンジしていく前衛的な立ち位置で創られました。そういう意味では、一種の社会実験ともいえる顧客時間を創設した大広の先見性は凄いと思います。ネットワーク組織の成長を経たMBOは自然な選択でしたが、大広からは社会のためにその可能性を追求せよと、送り出してもらったと思っています。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録