TOP PLAYER INTERVIEW #73

22年ぶりにダイキンが経営理念を刷新、ブランド実務家の片山義丈氏が大事にする原理原則

 

「どう思われたいか」を定義し、行動する


―― 片山さんは著書で、「ブランドの正体は妄想」と書かれていました。名前を聞くだけでイメージが浮かび、言語化すると「何となく好き」と思う状態になることで、ブランドの価値が生まれると解説されています。ブランドづくりにおいて経営理念はどう役立つのでしょうか。

 企業の側が「自分たちはこういう存在である」という定義をはっきりさせて、「こうイメージしてほしい」と情報をあらゆるタッチポイントで一貫して発信しなければ、企業が獲得したい生活者の「妄想」は決してつくれません。ブランドづくりに必要となるのは確固とした「自分たちは何者か」という定義と、それに相応しい従業員の行動や製品・サービス、情報発信であり、経営理念や行動指針はそのベースとなります。
 
ダイキン工業 総務部広告宣伝グループ長
片山 義丈 氏

1988年 ダイキン工業入社、総務部宣伝課
1996年 広報部 広報担当
2000年 広報部広告宣伝・WEB担当課長を経て
2007年 より現職
業界5位のダイキンのルームエアコンを一躍トップに押し上げた新ブランド「うるるとさらら」の導入、ゆるキャラ「ぴちょんくん」ブームに携わる。
統合型マーケティングコミュニケーションによる企業ブランドと商品ブランド構築、広告メディア購入、グローバルグループWEBサイト統括を担当。著書『実務家ブランド論(宣伝会議)』 、日本広告学会員。

 私は長年、ダイキンのブランディングに携わり、他社のブランド実務家の悩みを聞く中で、日本企業のブランドづくりに「経営理念」が解決策のひとつになると考えます。

 昨今、日本企業の間で「パーパス」や「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」が乱立し、「我が社にはブランドパーパスがない」とか「経営理念とパーパスとMVVは何が違うのか」など、本質的ではない議論にとらわれてしまい、せっかくつくった理念やパーパスが機能しない、という例をたくさん見てきました。日本には以前から、流行に流されずしっかりと確立された老舗のブランドが数多く存在しましたが、借り物の「パーパスづくり」が目的化されてしまった結果、日本企業の独自性が薄れ、素晴らしいブランドが生まれにくくなっている要因になっていると思います。

 さきほども申し上げた通り、大事なことは、自社にとって一番重要だと思うこと、守るべき価値を時代に合わせて、強みとするものは変えず、変えるべきものは変えていくことです。それは社是や経営者の言葉かもしれないし、経営理念でもパーパスでもMVVでもいいですが、一番重要な方針はできるだけひとつに絞るべきだと思います。自分たちの企業やブランドの存在を示すものが、あまりバラバラと分かれているのは良くありません。

 ダイキンの場合、新経営理念の冒頭に「ありたい姿」を掲げ、「大切にすべきこと」「変えるべきこと」「目指す姿」を明快に伝えることにこだわりました。海外含め10万人以上のグループ従業員が理解・共感・納得・行動指針化できることを重視して、自分たちの守るべき価値を言語化しています。

―― ブランドづくりは対外的なイメージの構築という面が強いと思いますが、ベースとなるのは、社内向けの指針にもなる経営理念なのですね。

 経営理念は一義的には、会社と関係性の深いステークホルダーに向けて発するものです。その中でも、「会社はこんな価値観で、こういうことをやろうとしているよ」という指針に対して、「これは自分の価値観と合っているよね」「自分が多くの時間を費やすのにふさわしいよね」と理解してもらう必要がある一番のステークホルダーは、やはり従業員になります。

 ただ、時代の変化もあって、投資家や株主の方、就職しようとする方、あるいは従業員の家族といった方々に対しても、経営理念を理解していただくことの重要性は増しています。経営理念の担える役割や価値は、従来よりも広がっているのです。

 一方で、注意しなければいけないのは、経営理念をそのまま世の中に発信しないということです。ステークホルダーの中でも最も多数を占める一般消費者の方々にとって、ダイキンの経営理念の全てを知っていただく必要はなくて、その会社らしさを短時間で理解していただけるブランドコミュニケーションは、戦略的に考えることが重要になります。

 たとえば素晴らしいブランドをつくられているサントリーさんにおいては、サントリーグループの企業理念においてOur Purposeとして「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす。」とされていますが、コーポレートメッセージとして戦略的に「水と生きる SUNTORY」を定めておられます。

 ダイキンの場合はもちろん、「空気で答えを出す会社」というコーポレートメッセージです。
  
出典:ダイキン公式サイト

 経営理念においては、1章に「地球環境にとって重要な『空気』をビジネスの根幹にすえる会社として、環境課題の解決につとめます」と盛り込んでいます。実際はダイキンには「空気」に関わらない事業も多くあるわけですが、世の中の人から見てやはり「ダイキンならでは」である「空気」にフォーカスして、空気の分野を中心として豊かな未来をつくることを宣言しているわけです。

―― 「空気」が入ることで、「ダイキンならでは」のブランドコミュニケーションになるのですね。

 経営理念やパーパスの議論で最も悩ましいところは、どの企業も存在意義を突き詰めると「世界平和」「地球環境貢献」に行き着きつくということ。それは当然、最終目標とすべきところで、経営理念の中にもその要素は入れる必要はあるのですが、それだけだと、どの会社の言うことも同じになってしまう。会社の独自性をいかに入れ込むことができるかが重要なポイントになります。

 実は今回の経営理念には「空気」のほかに、社外の方からはあまり分からないと思いますが、ダイキンの従業員ならハッと気が付く独自性があります。どこだと思いますか?

―― 分かりません。

 先ほどから、たびたび言及している「人の力で、豊かな未来を追求する」という言葉です。「人を基軸におく経営」とか「人の持つ無限の可能性を信じ」といった言葉もそうです。

 テクノロジー全盛の時代、敢えて「人の力」を強調する会社は、それほど多くないでしょう。かと言って、特に奇異でもなく、どの会社でも言えそうですよね。「人を大事にする」「人の可能性を信じる」ことを標榜する企業は世の中にたくさんあります。しかし、ダイキンの従業員から見ると、「人の可能性を信じる」ことにかけては、ダイキンの信じ方は他社と比較にならないくらい徹底しているのです。当然従業員もそのことを日々の仕事の中で強く認識しています。

 基本的に「性善説」に基づいて、人の力を信じているから成し遂げてきた成果がダイキンの強みだと思っています。外から見ると普通の言葉ですが、「人の力」を強調することは、空調事業以外の従業員にとっても「ダイキンの一番の強みであり独自性」と感じてもらえる、ダイキンに相応しいユニークな言葉なのです。

 対外的なブランドコミュニケーションにおいては、世の中が期待してくれる部分に焦点を絞って分かりやすく伝える。社内に対しては部署の枠を超えて自分たちの強み、目指すべき姿は何なのかを明確に伝える。このことが、ブランドや理念の構築、それらを用いたコミュニケーションにおいて非常に大切だと思います。

―― 企業理念の策定は、企業に対する社会の期待に応えるとともに、従業員に改めて自分たちの強みや独自性を認識してもらう、ブランディングの画期でもあるのですね。本日はありがとうございました。
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