マーケターズ・ロード 出口昌克 #04

「フィードバックをもらえることが一番の才能」P&G、日本コカ・コーラを経て成果を出し続けるソーダストリーム出口氏のマーケター道

 

フィードバックの循環


 その後、より大きな売上を占めるハウスホールドケアを担当しました。洗濯用洗剤アリエール、ボールド、柔軟剤レノア、台所用洗剤ジョイ、布用消臭剤ファブリーズ、おむつパンパースといったP&Gを代表するブランドを担当し、数十人のチームを率いました。

 社内で私が接する相手は全て百戦錬磨の先輩社員ばかりで、かつての上司達と協働、交渉することが求められましたが、私にとってはストレスです。部下たちがつくった提案を通そうと私も必死で交渉したのですが、話を取り合ってくれないこともありました。提案が通らないと、やり直しが増え、部下の不満は高まっていきます。

 1年ほど頑張りましたが、遂に上司に「私はこの仕事に向いていません。自信がありません」と泣きつきました。その上司は顔が怖くて有名だったんですが、輪をかけて怖い鬼の形相で「この仕事に向いているかどうかはお前が決めるな。オレが良いと言うまで全力で立ち向かえ」と指導されてしまいました。自分の悩みを打ち明けたら助けてもらえるだろうと思ったら叱られてしまう。踏んだり蹴ったりです。ですが、怖い上司に退路を断たれてしまったので腹が据わりました。

 加えて、その日を境に経験豊富な先輩社員が頻度高く話しかけてくれるようになり、相談に乗ってくれるようになりました。後になって分かったことですが、怖い上司が私を補佐するように裏で手を回してくれていたそうです。誰しも、苦労し悩み、うまくいかない時がありますが、この上司のように迷いを断ち切り、支援をしてくれる人がいると乗り切ることができます。



―― P&Gジャパンのマーケティング本部長を務めた後、2018年に日本コカ・コーラに転職されました。

 水・スポーツ飲料担当のバイスプレジデントに着任しましたが、この時も結果的に先輩に助けてもらいました。当時、スポーツ飲料ブランドのアクエリアスは苦戦が続いており、解決策が見つかっていない状況でした。その時にP&G時代の先輩マーケターに誘われて食事にいきました。

 苦戦している旨を伝えると、彼が「誰をターゲットにしているのか」等々、マーケティングの基本中の基本の質問をし始めました。カジュアルな食事の席で指導が始まってしまったと、正直困ったのですが、先輩からの質問です。一つひとつ、丁寧に答えました。淡々と繰り出される質問に、答えていくうちに私の頭の中がスッキリとまとまっていきました。彼が壁打ちの壁(相手)となり、コーチングをしてくれたので、マーケティングのアイデアを理路整然とまとめることができました。

 そこでの会話を慌ててメモに取りました。彼のインスタントコーチングがきっかけで、シェアを回復するキャンペーンをつくることができました。

―― 最後の質問です。駆け出しの頃の苦い経験を超えて、自分や組織、そしてビジネスの成長につなげてきた出口さんが大切にする信念、読者のマーケターに伝えたいことを教えてください。

 私にとっては自分自身のマインドセットを変化させたことが一番重要でした。P&Gで培ったオーナーシップ、「Yes、and」の思考のほか、ソーダストリームに来てから実践した、押し付けでなく目線を合わせた対話など。上司、同僚、部下からもらったフィードバックを意識して改善しようとしたことが良かったと思います。

 私の最もユニークな才能は、フィードバックをもらいやすいということかもしれません。P&G時代から現在のソーダストリームに至るまで、数多くのフィードバックをもらいました。

 自分から「フィードバックをください」と依頼することもありますが、先に申し上げた通り、本音では心理的に辛いので、フィードバックをもらうのは苦手です。そのため、二度と同じ指摘を受けないように、もらったフィードバックはすべて反映するよう全力で努力する。そうすると相手は気を良くして、またフィードバックを出す…という循環が生まれました。これはもはや体質というか、一種の才能なのかなと前向きに捉えるようになっています。

 そして、もらったフィードバックをフルに生かすのがマインドセットです。意識が変われば行動が変わり、行動が変われば結果が変わる、これもかつての上司から教わったことです。起点となる意識を変えることが最も重要です。

 最後に身近な例を。ソーダストリームに勤め始めた頃、コンビニで普通にペットボトルのお茶を買ったところ、社員から「出口さん、ペットボトル買うんですか?」と聞かれました。会社のビジョンのひとつが「使い捨てペットボトルを減らす」ということは知っていましたが、さすがに全く買わないということはできないでしょう、と思いました。

 ですが、その一言をきっかけに、自分が普段ペットボトルを何本ぐらい買っているのか意識して数えてみようと思いました。前職時代、多い時は1日8本飲んでいた私ですが、今年に入ってからの購入本数は0本です。出かける時には水筒を持っていくだけです。

 小さな意識ですが、意識が変われば行動が変わり、行動が変われば結果が変わる。そのひとつの具体例をお話しして、インタビューの締めとさせていただければと思います。

―― 貴重なお話をありがとうございました。
  
ソーダストリーム日本オフィス本社にて。地球に優しい専用ボトルを並べたオブジェの前で。
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