グローバルマーケター進化論 #02前編

「味の素」を中国で売上10倍に伸ばした「現場の気づき」グローバルマーケター中島広数氏

 

バリューチェーンクリエイターとしてのマーケター


―― 海外市場でグローバル企業やローカル企業と対峙してきた中島さんから見て、日本企業のグローバルマーケティングにおける強みや課題は何でしょうか。

 日本は良くも悪くもガラパゴスで、そのユニークさはグローバルマーケティングにおいて強さにも弱さにもなります。私が提唱する「日本式マーケティング」の特徴は、3つあります。

1) 良いものを柔軟に取り入れて改良し、独自の価値にローカライズできる商品開発力
2) バリューチェーン全体を俯瞰するフラットなマネジメントスタイル
3) 生来の社会的価値の創造精神

 このうち、2)のバリューチェーンマネジメントが、特に重要だと考えています。

 先ほど、「日本企業のグローバルマーケターは元バックパッカーが向いている」と言いましたが、海外企業のマーケターは一般に「スーパースペシャリスト」で、現場を回る営業マンとは完全に区別されています。バリューチェーンの各段階においてそれぞれのプロフェッショナルが働いているので、専門分野ではものすごい力を発揮する一方、専門外のことになると「それは私の仕事ではない」という考え方が主流です。

 一方、組織横断型が主流の日本企業では、バリューチェーン全体の価値創造に構成員全員で取り組もうという意識が強いです。オールマイティーな人材育成に重点が置かれ、営業もマーケティングも商品企画も採算管理も、各分野についてある程度の知識を持つマーケターが誕生します。これは欧米企業ではなかなかないキャリアです。ビジネスにおいてどちらが有利かはケースバイケースですが、日本企業はこの伝統を強みにして、バリューチェーン全体をマネジメントできるマーケターがリーダシップをとるべきです。



 マーケティングというと、広告宣伝やデジタル運用が重視されがちですが、本来は上の図のように原料調達から販促までさまざまな部門と連携し、お客さまに価値を届けるフロー全体が対象です。新しいバリューチェーンを生み出し、その流れを整えるのがマーケターの役割であり、その意味でマーケターは「バリューチェーンクリエイター」であり、「オーケストラの指揮者」であるべきと考えています。
 
中国駐在中、新製品について現地の営業マンに説明する中島氏(左上)

 工場が離れた場所にあるなど物理的な制約があって、縦割り組織になりがちなグローバルマーケティングにおいては、特に販売マーケティングが弱くなりやすいです。そこで①営業、②商品企画、③採算管理の3つのつながりを意識することが勝機につながります。

―― 具体的にはどういうことでしょうか。

 私の経験と照らし合わせると、中国で「味の素」の販売戦略を家庭用から外食用メインにシフトしたのは、「こういう商品ならもっと売れるのに」という①営業の目線から、②商品企画につなげた事例です。

 また、帰任後に海外スープ事業を担当することになった際に「中国で売るなら絶対に女性向け商品を展開した方がいい」と主張したのも、①→②の事例です。

 これは中国に駐在していた頃、ワーキングマザーたちが朝からシッターに赤ん坊を預けて仕事に行き、昼休みに帰宅して授乳した後、職場に戻って短時間で済ませられるカップラーメンをすすっている実態を知っていたから、考えついたことです。日本に比べて女性の有職率も職場での地位も高く、中国語で言う「小食(間食)」の頻度が高い。実際、上海あたりで消費者調査をすると、カップラーメン同様に手軽に食べられて、しかもおしゃれなスープパスタの需要が高いことが分かりました。ここから中国における「VONOスープパスタ」のヒットが生まれました。

 ③の採算管理の重要性は、タイに赴任した際に痛感しました。現地法人の本社はバンコクにあり、製品工場はそこから100キロ以上も離れた地方にある場合が多く、R&D(研究開発)のメンバーは毎日、日本にたとえるなら東京本社から長野県あたりの工場までバスで通っているイメージです。営業マンは全国各地に出張続きです。

 そうすると、原価管理は工場、製品設計はR&D、売上・販売経費は営業、広告費はマーケティングと分かれ、経営の根幹である事業別商品別の利益管理が弱くなりがちです。どこまでなら値引きしていいか、原価コストをどの程度改善するか、誰が責任を持って判断するのか、あやふやになるのです。

 当然ながら、マーケターひとりで全ての部署を指揮するのは不可能だからこそ、バリューチェーンマネジメントが必要なのです。各部署の役割を把握した上で、適任者に任せられるよう、現地社員の能力や人となりを知り、割り振りをすることが重要になります。
 
中国駐在時代、現地スタッフたちとの集合写真(右端が中島氏)

※後編(グローバルマーケティングの経験を生かした「Cook Do」リブランディングと、急成長するアジア市場におけるグローバルマーケターに必要な心構えとスキル)に続く。
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