グローバルマーケター進化論 #02後編

「Cook Do」を復活させた元味の素・中島広数氏が語る海外進出を担う人材に必須のスキルセット

前回の記事:
「味の素」を中国で売上10倍に伸ばした「現場の気づき」グローバルマーケター中島広数氏
 今、世界的にビジネスにおけるマーケティングの役割が激しく変容している。広告コミュニケーションに留まらず、企業の価値を伝え、押し上げ、成長にダイレクトに貢献することがこれまで以上に求められる。本連載では、厳しさを増すグローバルマーケティングの世界で奮闘し、進化し続けるグローバルマーケターに焦点を当て、海外市場に対して独自の価値を発揮するために必要なものを探っていく。

 第2回は味の素で20年間にわたり国内外の営業やマーケティングに従事し、現在はコンサルティングやマーケター育成を手掛ける中島広数氏に前編・後編にわたりインタビュー。後編は、グローバルの経験を生かして味の素の一大ブランド「Cook Do」の新商品開発を成功に導いた中島氏の軌跡と、重要性を増すアジア市場において躍進を狙うグローバルマーケターに不可欠な心構えとスキルを聞いた。
 

グローバルマーケター流ヒットのつくり方


―― 中国での駐在を終えて日本の味の素本社に帰任後、数年後に「Cook Do」の担当になり、売上復活に貢献されたと聞きました。どのような経緯だったのですか。

 2011年に中華合わせ調味料「Cook Do」のプロダクトマネジャーに任命されました。会社を背負う大ブランドですが、2007年頃から売上が減少傾向でした。この時期、ワーキングマザーが社会的に増加していて、普通に考えれば、フライパンで炒めるだけの「Cook Do」は共働き子育て世代に人気のはず。なのに、なぜ不調なのか。要因を探ることにしました。

 手始めに、まず妻に「Cook Doを使っている?」と尋ねると、「使っていない」と言うではありませんか。しかも、当時売上が伸びていると社内でも話題になっていた競合他社の商品「うちのごはん」が、我が家の食材ストックに置いてある。ショックでしたね…。

 我が家では、生まれつき重度の障がいを持っていた長男を、私がプロダクトマネジャーになる3カ月前に見送っていました。医療環境が整っていない海外駐在中も、現地で妻が必死で長男を介護するのを見ていたので、小さな子どもを持つ母親やワーキングマザーの大変さは、よく分かっているつもりでした。
 

 多忙なお母さんなら手軽な「Cook Do」を使っていておかしくないのに、なぜ使わないのか? 妻にN=1インタビューを続けると、「味が濃くて辛いので次男が食べない」という理由が浮かんできました。

 フライパンひとつで本格中華がつくれる「Cook Do」は大人のニーズは満たせても、「忙しいけれど、子どもには肉も野菜もバランス良く食べさせたい」「夫の帰りが遅い平日の夜は、子どもが食べたいものを優先したい」といった子育て世帯のニーズに、十分に寄り添えていなかったのです。

 実際、次男の幼稚園のママ友に聞いても「Cook Do」の利用者は多くありませんでした。購入世帯率のデータを見てみても、「Cook Do」は40代以上の購入世帯率は45%を超えていましたが、20~30代になると38%と低くなっています。このまま若い世代の購入率が低いままでは、将来の買い手がいなくなってしまうと危機感を抱きました。何より、育児や仕事を頑張るお母さんや、その小さな子どもたちが喜んで食べてくれる商品をつくりたいという強い思いが原動力になり、生まれたのが「きょうの大皿」という新商品でした。

―― ご自身の家庭をペルソナにして、「多忙なお母さんと子どものために」というコンセプトを持った新商品をつくったのですね。

 もちろん、理想だけでいきなり新商品を構想したのではありません。前編でお話ししたように、私は中国・広東省時代の経験から「始まりはいつも仮説」と心がけ、新商品などのアイデアを「受容性確信度」「実現性確信度」「競争優位性確信度」などごとにランク付けした「仮説アイデアリスト」をつくっていました。その中から、実現性や採算性はチャレンジングでも、受容性や社会的価値が高く、事業再生の可能性を持った大きなアイデアを具現化できるチャンスと思ったのです。それが「きょうの大皿」という和風の合わせ調味料でした。

 ただ、「きょうの大皿」を大きく羽ばたかせるには、「Cook Do」ブランドを活用することが不可欠でした。それには社内の大きな反対を受けました。「Cook Do」は長年、「中華」を戦略の軸に据えていましたから、「『Cook Do』の歴史に汚名を刻む」などと言われました。心が折れそうになっても乗り越えられたのは、やはり情熱があったからです。

 また、過去の消費者調査や、新たに行なった「Cook Do」のユーザーインタビューを通してみても、消費者が「Cook Do」に抱くブランドイメージは「中華」よりも「簡単においしくつくれる」ということが分かりました。これらのデータにも後押しされ、生まれた「Cook Do きょうの大皿」シリーズは結果的に、消費者購入価額ベースで単年度の売上が50億円に達しました。特に「豚バラ大根」などが大ヒットになり、「Cook Do」全体の売上も回復したのです。
インテージ社 SRIデータより

―― グローバルマーケティングの経験は、日本国内でのヒット創出にどのように影響したのですか。

 ヒット商品を生み出すポイントはさまざまですが、私が強調したいのは3つあります。まず「商品コンセプト」と「ポジショニング」です。「私はこういうもので、こういうメリットを与えます」と端的に表す自己紹介にあたります。

 特にポジショニングは、競合を意識して「唯一」「抜群」「オンリー」といった表現で表せるステートメントを指します。私が担当した「Cook Do きょうの大皿 肉みそキャベツ」の場合は「子どもも大人もみんなが喜ぶ、抜群のおいしさの和風メインおかず」です。これによって、大人向けの「Cook Do」とも差別化され、開発段階で「これは子どもにもいけそう」「大人も満足できるか」といった議論ができ、パッケージデザインや CMタレントの選定などに際してもブレない基準となるのです。

 日本のメーカーは、コンセプトづくりやポジショニングを飛ばしてハイスペックな製品をつくり、「こんなにすごい製品をつくったからこう使ってほしい」と訴えかけるプロダクトアウトが多いきらいがあります。その結果、せっかくコストと時間をかけてもヒットしない。まずは生活者に受け入れられるコンセプトづくりと差別化できるポジショニングを行い、この設計に基づいて商品開発する「マーケットイン」が重要だと実感しています。

―― 国内以上に競合がひしめく海外市場で、営業目線から新商品の企画にも携わってきた中島さんならではの実感なのですね。他にヒットのポイントはありますか。

 この2点に加え、絶対に重要なのが「利益を出すにはいくらでつくればいいか」という「目標コスト」ことです。「Cook Do きょうの大皿」の場合、私はワーキングマザーのために素晴らしい商品をつくりたいと、開発担当者やデザイナーにもコンセプトを熱く伝えていましたが、「いいものをつくって高く売ろう」という考え方はしませんでした。それではヒットにつながらないからです。

 これにもグローバルマーケティングの経験が生きています。海外の人は「コスパ」に非常に敏感です。

 タイに駐在していた頃、管轄していたフィリピンで、現地スタッフが開発したオイスターソースを、競合が5ペソで売っている中、8ペソで売ろうと計画されていました。確かに商品の質は優れていましたが、5番手という後発の参入にもかかわらず、高価格で打ち出しても売上は伸びないと考えました。ここは「オイスターの中のオイスター」と銘打って品質を強調しつつ、価格は他社と同じ5ペソに設定して一気に攻勢をかける戦略に切り替えたところ、発売から1年半で3番手まで上り詰めることができたのです。5ペソ以上の価値があるものを5ペソで売ると伝えたから売れたのであり、8ペソだったら、ここまでヒットしなかったでしょう。

「Cook Do」は、私が担当していた頃は1個200円程度でしたが、2個で300円という売られ方もよくしていて、「きょうの大皿」も同じような価格設定にしなければお客さまが遠のいてしまうと考えました。私の場合、まず「売りたい価格」を決めてから落とし込んでいくので、製造にかけられるコストはシビアになり、製造部門の人からはよく皮肉を言われました。技術的な工夫の余地や、製造現場の負担まで目配りした綿密なコスト設計が重要です。

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