マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #01
DXによって人的営業はいらなくなるのか? 学術研究からビジネス課題の解決策を考える【早稲田大学ビジネススクール 及川直彦】
リレーションシップ・マーケティングのための多次元的コミットメント・モデル
私が「DXによって営業はいらなくなるのか」を考えるときにお勧めするのは、青山学院大学の経営学やマーケティングを専門とする久保田進彦教授の「多次元的コミットメント・モデル」です。
この理論は、競争的な市場において、一定のリスクを伴う反復的な取引を対象にしています。こういった取引に携わる売り手が、買い手との間で長期的かつ友好的な関係を構築するためにはどうしたらよいか、そして、その結果としてどのような顧客行動が期待できるかについて解明しています。
2000年代中盤から学会発表などで注目されたこの理論は、有斐閣から2012年に出版された『リレーションシップ・マーケティング --コミットメント・アプローチによる把握』の第10章において包括的に説明されています。
まず注目していただきたいのは、図1の中央部にある「計算的コミットメント」と「感情的コミットメント」です。コミットメントとは、久保田先生によると「優れたマーケティング成果に結びつく顧客行動(関係の継続、協力、支援や推奨 )をもたらす心理的媒介要素」です。
このコミットメントは、社会学における先行研究に基づき、売り手(例:営業)と買い手(例:顧客)との関係を価値の交換として捉えています。この価値の交換には2つのタイプがあります。ひとつは、価値を受け取った買い手が、それに対するお返しをしなければいけないと責務や義務を感じる、ギブ・アンド・テイク的なもの(「計算的コミットメント」)です。もうひとつは、売り手と買い手の価値のバランスに関係なく、互いに相手の幸福を気にかけ、特定の見返りを期待することなく相手に価値を与えようとする、相手をあたかも『もう一人の自分』であるかのように感じるもの(「感情的コミットメント」)です。
この2つのコミットメントは、優れたマーケティング成果に結びつく顧客行動を誘導します。具体的には、「計算的コミットメント」と「感情的コミットメント」を向上させることで、顧客は現在の関係性を継続しようとする意向(「関係継続意向」)を高め〔仮説9・仮説10〕、自ら進んで売り手を他者に推奨しようとする意向(「推奨意向」)を高める〔仮説13・仮説14〕ことが実証されています。
また、「計算的コミットメント」はさらに協働的なプロセスにおいて買い手が自らにとって価値があるから売り手に協力しようとする意向(「協力意向」)を高め〔仮説11〕、「感情的コミットメント」はさらに、利他的に売り手を支援しようとする意向(「支援意向」)を高める〔仮説12〕ことも実証されています。