マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #01

DXによって人的営業はいらなくなるのか? 学術研究からビジネス課題の解決策を考える【早稲田大学ビジネススクール 及川直彦】

 

DXによって営業はいらなくなるのか?


 図2の検証結果の係数を眺めていると、「営業のDX」の文脈で進められている検討において、例えば従来型の訪問営業を「不要なもの」だという前提に立つ議論が乱暴だと私は感じますが、みなさまはいかがでしょうか。

「営業DX」の検討における議論における、「訪問営業からデジタルコンテンツやオンライン商談、あるいは生成AIのエージェント対応にいかに切り替えるか」といった議論の多くは、この多次元的コミットメント・モデルを照らし合わせると、「関係継続意向」をゴールとするならば、「知覚された能力」→「計算的コミットメント」→「関係継続意向」の0.63*0.66=0.42のパスだけを見ていて、その他のパスが見落とされてしまっているように感じます。

 それらの見落とされたパスの中で、例えば「組織境界者とのフレンドシップ」→「感情的コミットメント」→「関係継続意向」のパス(0.33*0.26=0.09)や、「誠意ある行動」→「感情的コミットメント」のパス(0.23*0.26=0.06)においては、訪問営業が顧客と相互的なコミュニケーションを重ねながら構築してきた親密な関係や、そういったコミュニケーションを通じて醸成してきた信頼が貢献している可能性が高そうです。

 さらに、訪問営業のような密接なコミュニケーションが「誠意ある行動」や「関係終結コスト」の形成に強く影響しているならば、それらが仮に「知覚された能力」には影響しなかったとしても、「誠意ある行動」→「計算的コミットメント」→「関係継続意向」のパス(0.26*0.66=0.17)や、「関係終結コスト」→「計算的コミットメント」→「関係継続意向」のパス(0.29*0.66=0.19)、「関係終結コスト」→「感情的コミットメント」→「関係継続意向」のパス(0.50*0.26=0.13)については、訪問営業からデジタルコンテンツやオンライン商談、生成AIのエージェント対応などに切り替えたときに、現在よりも効果が下がる可能性もありそうです。

 さらに、この多次元的コミットメント・モデルは、業界によっても違いがありそうです。私のゼミの戸上智香子さんが2021年に発表した「買い手である医師の、売り手である製薬メーカーの製品の『反復的な処方行動』への影響を検証した研究(戸上 2021)」は、医師の製薬メーカーの製品の処方行動について多次元的コミットメント・モデルを応用して検証しました。その結果、「感情的コミットメント」から「反復的な処方行動」(WEB制作会社における検証では「関係継続意向」に該当)には直接的なパスはなく、一見ほぼ「計算的コミットメント」のみから「反復的な処方行動」が決定しているように見えます。しかし、実は「感情的コミットメント」から「計算的コミットメント」への影響があり、「感情的コミットメント」が「計算的コミットメント」を介して「反復的な処方行動」に影響しているメカニズムが明らかになりました。

「営業DX」を導入するという前提から議論をすると、あたかも「DXによって営業がいらなくなる」ように見えてしまうものですが、実際のメカニズムはそんなに単純ではありません。必要な複雑さに向き合わないで議論を急ぐと、「贅肉を切ったつもりが筋肉を切っていた」といったことになっているかもしれません。

 この「多次元的コミットメント・モデル」を見て気になった方は、ちょっと立ち止まって、自社の営業がどのようなメカニズムで顧客の感情と行動に働きかけていて、それによってどのように自社の期待する成果に貢献しているのかについて考え直してみたほうがよいかもしれません。

【参考書籍】
本記事で紹介した、久保田進彦氏の『リレーションシップ・マーケティング-コミットメント・アプローチによる把握』(有斐閣)の電子書籍が出版されました。詳しい内容を知りたい方は、こちらからご覧ください。

【参考文献】
久保田進彦 (2012) 『リレーションシップ・マーケティング-コミットメント・アプローチによる把握』有斐閣。
戸上智香子 (2021) 「 医師の処方行動における感情的コミットメントの影響に関する実証研究」 早稲田大学大学院経営管理研究科修士論文。
Vinchur, Andrew J., et al. (1998) "A Meta-analytic Review of Predictors of Job Performance for Salespeople." Journal of Applied Psychology, 83(4), 586-597.
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