顧客満足を探究する~データと戦略の森から~ #03
「満足度の高いホテル」に泊まれるのは誰なのか? 最新調査から見えてくる顧客基盤の重心【青山学院大学 小野譲司】
顧客基盤の重心はどこか?
顧客満足度のバラツキの状態と、バラツキがなぜ生まれるかの原因を探るうえで、年代や性別、店舗や地域といった顧客特性や購買履歴を切り口にして、性別・年代で同じサービスに対する評価がどう違うかなどを検証するのが基本である。また、そうした基本的な分析ではクリアにならない場合、顧客基盤がどのような顧客セグメントで構成されているかという観点からメスを入れることで、有益な示唆が得られることがある。
図1ではホテルチェーンを題材に、顧客シェアに注目した顧客基盤の分析例を取り上げる。データは「2024年度JCSI(日本版顧客満足度指数)(サービス産業生産性協議会調べ)」で収集されたホテル・ビジネスホテル部門のサーベイデータである。調査会社のモニターを対象に、過去2年間において特定のホテルチェーンの利用経験が2回以上あることをスクリーニング条件としている。
質問項目には、ホテルの品質評価、CSI(顧客満足度)、ロイヤルティに加えて、特定のブランドを問わず旅行・出張などでのホテルを過去2年間に何回利用したか(カテゴリー全体の利用頻度)、その利用経験における当該ホテルの利用割合%を自己申告形式で回答する項目を設けた。
顧客シェアは、財布シェアだけではなく、「頻度シェア」として捉えることもできる。たとえば、小売店において極端に単価が高い商品を購入した人の財布シェアは高くなる。ホテルならばスイートルームに大家族で1週間連泊し、代表して決済している人の支払額は、出張でスタンダードルームに7回泊まった人よりも数倍高くなるだろう。そこで、図1では顧客シェアを金額ではなく、一定期間に何回、購買・利用を行ったかという「頻度」で捉える「頻度シェア」を用いている。一般に、あるブランドの利用頻度が高いほど満足度が高くなる傾向があるが、図1では、縦軸を頻度で見た顧客シェア(%)、横軸をホテルカテゴリー全体の利用頻度として、都市型ホテル3社とビジネスホテル3社の顧客基盤を16のセグメントに分解してバブルチャートの大きさと色で表している。バブルの大きさはサンプルサイズであり、CSI(顧客満足度)を青から黒まで5段階で色分けている。
図1 主要ホテルチェーンの顧客基盤と顧客満足度(著者作成)
図の見方は、次のとおりである。左側は過去2年間で2~3回程度、つまり、年1回の出張や旅行などの目的でホテルを利用しているセグメントの利用者であり、右側は行き先やチェーンを問わず、ホテルをよく利用しているセグメントである。ホテル各社にとっては、出張や旅行によく出かけるヘビーユーザーの需要を獲得し、顧客シェアを高めることができれば、結果的に収益が増え、LTVが高くなると想定される。すなわち、右上の領域に位置するセグメントを重心とした顧客基盤を確立し、それらの満足度を高めることが戦略的に重要である、ということになる。顧客ロイヤルティを強化することの重要性を説く議論では、右上の領域に大きなバブルが集まり、満足度が高い顧客基盤を構築すべきことが想定される。
しかしながら、6つのホテルチェーンの顧客基盤をみるかぎり、そうした想定とは違う実態があるようだ。カテゴリー全体の利用頻度が高く(年間10回以上)、顧客シェアも高い、絵に描いたようなロイヤルカスタマーのサンプルは、AからEのどのホテルでも数少ない。ただし、留意すべき点として、この調査では、回答者スクリーニング条件を、特定のホテルチェーンについて2年間2回以上の利用としているため、数年に1回程度の利用者はサンプルに含まれないことがある。それゆえ3つの都市型ホテルA、B、Cは、左上から右下への対角線の左下が顧客基盤の中心になっていると考えられる。
図中のホテルはいずれも国内大手のチェーンであるが、それらの顧客満足度は、A>B>Cの順である。それぞれの顧客基盤を分解してみると、ホテルAは、顧客シェアが50%以下、つまり複数ホテルを使い分けるセグメントの構成比が大きい。これは、似たような顧客基盤をもつホテルBよりも、使い分けるセグメントが非常に高い満足度であること意味している。右上のロイヤルカスタマーだけでなく、いくつかのホテルを使い分ける顧客層にとって価値あるホテルとなっている、と推測される。それに対してホテルCは、年に1~2回ホテルを利用する低頻度のセグメントが中心を占めているが、顧客シェアが低い客層の満足度が総じて低く、それがチェーン全体の満足度の低さに表れている。
それに対して、ビジネスホテルは、都市ホテルとは、宿泊客の利用のしかたに違いがあることが反映されている。すなわち、同じホテルチェーンを繰り返し利用するセグメントが多くなり、顧客シェア50%前後の大きなバブル(中央の4つ)の構成比が大きいのである。これは、都市ホテルよりもリピーターの比率が高いことを意味している。
各ビジネスホテルの満足度は、D>E>Fの順である。Dは中央4つのセグメントの満足度が高いだけでなく、数少ない旅行・出張機会で利用する人たちにとっても満足度が高い点がEとの違いである。Fはこのビジネスホテルチェーンだけを利用するリピーターを獲得している一方、低頻度の利用者の満足度が低いことが、ブランド全体の満足度が低い原因となっていると推測できる。
以上の結果を読み解くうえでは、ホテル業界に特有の特徴も考慮しなければならない。たとえば、Aホテルの顧客は、出張や旅行の行き先にAが出店していないかぎり、他ホテルを利用せざるをえないため、 Aしか泊まらないという利用パターンは稀である。多店舗展開の店舗数が多いビジネスホテルのほうが、都市ホテルよりも顧客シェアが高いリピーターの比率が高いのは、こうした事情を反映している。他方で、外資系の大手ホテルチェーンは、複数の都市や地域への多店舗展開と、価格帯やコンセプトが異なる複数ブランドを傘下に置き、直販予約サイトやロイヤルティプログラムによって右上のセグメントへと重心を置こうとしていると考えられる。