マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究 #02

マイケル・ポーターの戦略論は時代遅れ? GoogleやAppleなども実践する戦略スタイルの現在形とは

前回の記事:
DXによって人的営業はいらなくなるのか? 学術研究からビジネス課題の解決策を考える【早稲田大学ビジネススクール 及川直彦】
 マーケティングやビジネスの最新情報を得るには、実証された知見が多く詰まっている研究者の学術研究にも目を向けることが重要になる。早稲田大学ビジネススクールの客員教授である及川直彦氏による連載「マーケティング・ビジネス課題を解決する学術研究」では、マーケティングや営業、新規事業開発に携わるビジネスパーソンが直面する課題に対し、学術的な視点から解決策を提供していく。

 第2回は、競争優位性を築くための代表的な経営戦略であるマイケル・ポーターの戦略論などを検証しながら、現代の高い不確実性の中で重要な戦略は何なのかを考えてみたい。GoogleやAmazon、Meta、Appleなど世界のテック企業が採用してきた戦略スタイルを詳しく分析し、その成長のポイントを解説する。
 

マイケル・ポーターの戦略は古いのか


「そういえば昔、戦略の授業でよく取り上げられていたマイケル・ポーターのフレームワークを覚えていますか。あのフレームワークは、GoogleやAmazon、Meta、Appleのようなメガプラットフォーム企業や、最近注目されているOpenAIやNVIDIAといったAI関連の最先端の企業の経営に、どの程度活用されているのでしょう」

 MBA時代の仲間と会話をしていて、そんな話題になりました。

 当初は検索サービスやEコマース、SNS、パソコンといった特定の業態で事業を始めたプレイヤーが、現在ではそれぞれ多様な業態に急速に事業を拡大しています。その結果、それまで異なる業界にいたはずのプレイヤー同士が同じ市場で競合となる一方、協業する状況も生まれています。このような状況では、マイケル・ポーターの分析の前提となる「市場」や「業界構造」が流動的になり、明確に定義することが難しくなっています。

 あるいはNVIDIAのような、もともとゲーム用のGPU(Graphics Processing Unit:画像処理装置)メーカーが、「ディープラーニング」の登場をきっかけに、突然AIモデル開発のための膨大な計算の実行環境を実現する中心的なプレイヤーとして注目され、世界で最も時価総額の高い企業へと成長しました。このような展開は、マイケル・ポーターのような切れ味のよいフレームワークに基づくロジカルな思考の積み上げとは異質なものに感じられます。

 では、現代において重要な戦略論とはどのようなものなのでしょうか。
 

ポーター vs バーニー論争と3Cの考え方


 私がMBAで学んでいた2000年代中頃、マイケル・ポーターに代表されるポジショニング派と、ジェイ・B・バーニーに代表されるリソース・ベースド・ビュー派の論争が授業で取り上げられていました。このテーマをめぐり、MBAの仲間同士でも議論を交わしたことを覚えています。

 ポジショニング派は、市場において競合と差別化された機会を見出すことを起点に戦略を考えるアプローチです。一方で、リソース・ベースド・ビュー派は、自社の強みとなる資源を起点に戦略を考えるアプローチです。

 当時の議論では、その頃からすでに成長の陰りが見え始めていた日本企業を例に意見が対立しました。「日本企業には戦略がない」と論じるポジショニング派と、「これまで自社が培ってきたものづくりの技術やオペレーション・エクセレンスを活用すればグローバルで戦える」と論じるリソース・ベースド・ビュー派の間で、議論が白熱したのです。

 そんなポジショニング派(マイケル・ポーター)とリソース・ベースド・ビュー派(ジェイ・B・バーニー)の論争も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生によると、学術研究の世界ではとっくに決着がついているそうです(入山 2024)。

 入山先生が紹介しているMcGahan and Porter (1997)の研究では、米国企業5万8132社を対象に企業の収益性のばらつき(variance)に影響する要素を検証した結果が示されています。それによると、企業利益率の分散のうち「産業で説明できるもの(ポジショニング派が着目する業界構造)」が18.68%を占め、「セグメント固有で説明できるもの(リソース・ベースド・ビュー派が着目する資産、組織プロセス、組織の効率性、活動の仕方、経営能力など)」が31.71%を占めるという結果が出ています。

 これに基づくと、確かに「産業で説明できるもの」も「セグメント固有で説明できるもの」も重要という結果が出ています。そして、この結果は他の複数の研究でも再現されているようです。
  
表:COV(Components of Variance)の推定結果(McGahan and Porter 1997)(及川翻訳)

 マッキンゼー社で大前研一は「戦略3C」(Ohmae 1982)というフレームワークを提唱しました。それは、自社 (Corporation)、顧客(Customer)、競合相手(Competitor)の3つの要素から戦略を立案する考え方です。

 私が勤務していた頃のマッキンゼーのコンサルティング現場でも、プロジェクトの初期段階でよく活用されていました。そのとき同僚から、「3Cは、ポジショニング派とリソース・ベースド・ビュー派を統合したもの」と聞き、「なるほど」と納得したことを今でも覚えています。たしかに、自社 (Corporation)のリソースと、顧客(Customer)、競合相手(Competitor)のポジショニングの分析を組み合わせています。

 今日、多くの経営者にとって戦略を考えることは、「いかにして自社の強み(リソース)を競合に対して相対的に最も優位な形で(ポジショニング)活用し、顧客の求める価値を持続的に提供するか」(大前 2014)という考え方に集約されているのではないでしょうか。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録