TOP PLAYER INTERVIEW #83

「異彩」のブランド・ヘラルボニー 躍進の秘訣と成長戦略、くまモンの先に目指すキティちゃん

 

クリエイティビティーで突き抜ける


―― 大企業を中心に次々とコラボ商品やアートプロジェクトの共創を実現できたのはなぜなのでしょうか。

 IPライセンスというビジネス形態が協業しやすい要因のひとつとは思いますが、2年ほど前までは、カウンターパートとなるのは企業のサステナビリティー推進室やCSR部門が多かったです。企業の社会貢献活動と捉えられることが多かったのですね。

 しかし最近では、明らかにフェーズが変わってきて、現在は6~7割が企業のマーケティング部門と取引させていただいています。企業に求められる社会的価値と経済価値を、知的障害のある作家のアートで両立できる可能性を見出していただけているのだと思います。純然たるビジネスとして「かっこいい商品を世に出しましょう」という、元々持っていた私たちの感覚に、企業側の意欲も揃ってきたと感じます。

―― そのフェーズの変化はどこで起こったのでしょうか。

 コロナ禍での百貨店出店もそうですが、時流にも乗れたと思います。大企業や行政などが実証実験的な意味で、社会的インパクトのあるスタートアップへの投資に力を入れたり、アクセラレータープログラムを実施したりしていた時期に、私たちも応募書類を書き、双子の兄の文登とピッチ(プレゼンテーション)に挑みました。

「ヘラルボニーと組むことでこんな世界をつくり上げることができます」という提案をして、投資を勝ち取ります。その際、企業の中でできる限り基幹的な事業に切り込むことが重要であることも実感しました。予算規模の大きな事業と結びつくことで企業との関係性を太くし、インパクトを大きくできるのです。

 たとえば丸井グループのエポスカードの券面にヘラルボニーの作品を起用いただき、利用額の一部が福祉に還元されるという事業は、新規事業コンテストで採用されたものです。アイデアの源泉には、環境保全団体WWFのパンダロゴがデザインされた社会貢献型クレジットカードがありました。可愛くて思わず使いたくなるカードで、米国などで流行していました。

 このように経済活動がカジュアルに社会貢献に繋がる仕組みができたらいいなと思って提案し、2021年に「ヘラルボニーカード」が生まれました。ここでも、クレジットカードという重要な事業に参画できたことが大きな意義を生んだと思います。
  
2024年3月に6種の新デザイン(上)が加わり、計14種類のデザインがある。(画像引用:ヘラルボニー公式サイト)

―― 障害のある方の描くアートに従来のSDGs的な意味だけでなく、ビジネス的な価値を向上させたことへのヘラルボニーの貢献は大きかったと思います。一方で、同様の事業に乗り出す企業もありそうです。ヘラルボニーの競争優位性はなんだと考えられますか。

 実際、類似のビジネスは次々と出てきており、頑張らないといけないと思っています。ヘラルボニーの優位性については、もともと私たちの兄が重度の知的障害を伴う自閉症があり、障害福祉が身近にあったという特徴はありますが、ひとつ思い当たるのが「クリエイティビティー」です。

 実は創業間もない頃に、M&Aのお話をいただいたことがあります。当時はまだ社員も少なく、私自身、スタートアップとして成長する道筋も知らない状態だったのですが、話し合いの過程で、ある方からいただいた「センスを買いたい」という言葉が印象的でした。同じ事業を別の会社・人間が立ち上げても、全く同じにはならないということです。結局、M&Aはせずに自分たちで成長する道を選んだのですが、その言葉を聞いた時、私たちの競争優位性はそこにあると直感しました。

 障害のある方々の描くアートは見せ方によって大きく変わります。どういう場所で、どういうコンテンツで、どういう世界観で表現するか。作品が元から持っている美しさを、美しい状態で発露するにはクリエイティビティーが必要です。「障害者アート」としてでなく「異彩」を放つ作家のアートとして社会に広まる中でヘラルボニーが選ばれ続けるためには、クリエイティビティーで突き抜けなければいけないと考えています。

―― ヘラルボニー独自のクリエイティビティーとは、どのように生み出されるのでしょうか。作家や作品の選定、商品化の過程に独自性があるのでしょうか。

 初期は私と文登が夜行バスに乗って、全国各地のアート活動に力を入れている福祉施設などを訪ね回りました。知的障害のある作家の情報は、ごく一部を除いてネットなどには落ちていません。現地を訪ねて作品を見せていただき、「一緒にやりませんか?」とお声掛けします。ヘラルボニーのことが知られるにつれて、「契約させて欲しい」「作品を見てほしい」というご連絡もいただけるようになってきました。

 そんな中で、あくまでブランドとして「この作品を世に届けたい」という美意識を貫くために、作品の選定にあたっては専門家の目を通しています。金沢21世紀美術館のチーフ・キュレーターの黒澤浩美さんにアドバイザーを務めていただき、プロダクトとして展開する際も、アパレル出身者などからなるクリエイティブ部門のプロフェッショナルを介在させています。

 障害のあるアーティストの才能・実力をフェアに評価し、活躍の機会を生み出すことを目的に2024年に初開催した国際アワード「HERALBONY Art Prize 2024」も、ある面ではヘラルボニーとしてどのような作品を世に届けたいか、その美意識を透明化して表出する狙いもありました。応募総数1973作品にのぼった本アワードは2025年も開催して、作家の活躍の場創出と、グローバルなブランディングに生かしていきます。
  
「HERALBONY Art Prize 2024」でグランプリを受賞した浅野春香さんと受賞作品「ヒョウカ」(画像提供:ヘラルボニー)
 

作家へのリスペクトが生み出す特別な価値


―― 障害のある作家とのパートナーシップとビジネスを両立するためにどのような工夫をされていますか。

 作家との契約は作品ごとだったり、施設単位での契約であったりといろいろですが、当社ではほとんどの社員が、それぞれに作家や福祉施設を専属で担当し、作家本人やその家族、支援施設と顔の見える関係を築いています。時に手紙を交換し合ったり、一緒に山登りをしたりして信頼関係を築き、契約にあたっては必ず作家本人の許諾を得る「作家ファースト」のプロセスをとっています。

 これは正直、時間と手間のかかることです。ですが、スタッフがこの営みを共通体験として持つことが重要だと考えています。というのは、たとえれば芸能人のマネージャーなら、担当するアーティストのことを誰よりも深く語れて、クライアントにも推したくなるものですよね。それと同じで、社員全員が作家に対して「人気があるからいい」ではなく、「かっこいいから」「好きだから」というリスペクトの思いを持って向き合うことで、人の心を動かすプロダクトづくりにも繋がると考えています。

 また、契約にあたっては、作品の著作権は作家に帰属するということを基本としています。作家の持ち物である意匠をお借りして、販売している。私たちは作家を支援しているのでなく、依存しているのです。著作権まで買い切ったほうが、ビジネスとしては利益率やスピードは上がるかもしれませんが、それをやると血が通わなくなり、弱くなります。「会社として何がやりたかったのか」が見えなくなり、自分はそれを美しいとは思えません。
  
るんびにい美術館での制作風景(画像提供:ヘラルボニー)

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録