TOP PLAYER INTERVIEW #82

2025年、重要度が増すPRの最新潮流と海外戦略、プロフェッショナルの心得とは【本田哲也氏インタビュー】

 

アジア戦略と専門職の「背負い力」


―― 本田さんは拠点をシンガポールに移しましたが、2025年に日本企業が成長著しいアジア・太平洋地域においてPR展開する際のポイントは何でしょうか。

 日本よりもはるかに多様なステークホルダーとのパブリックリレーションズのスキルです。誤解されがちなのですが、PRは単にアピールすることではなく「パブリックリレーションズ」、つまり企業やブランドを取り巻くパブリックとの関係性構築です。

 アジア・太平洋地域はグローバルでテコ入れしたい日本企業が今、最も熱い視線を送る地域ですが、いわば「ごちゃ混ぜ」のカルチャーとエネルギーが渦巻き、一筋縄ではいきません。日本以上にデジタルとSNSが浸透している市場もあり、メディアとの付き合い方や商習慣も、日本の常識は通用しません。さらに言えば、同じ国でもベトナムなどは南北でカルチャーが全く違います。日本国内はある程度、画一的なアプローチで効果を発揮できますが、アジアの多様なステークホルダーと合意形成を図るには、相当に細やかなコミュニケーション設計が必要となります。要は、ナラティブを変えるのです。

 たとえば私はキッコーマンのインドでのPRを支援しています。キッコーマンの醤油は米国では「Teriyaki」を通して食文化に定着しましたが、インドでは同じアプローチは通用しません。実はインドでは近年、「インド中華」という独自の食文化がじわじわと広がってきています。「世界一料理に時間をかけている」とも言われるインド人の調理習慣ですが、大量のスパイスを使うインド料理に比べて、比較的簡単につくれるインド中華は、料理を担うお母さんたちの負担も少ない。そこに日本の醤油が乗っていければ、インドの生活者が共感できる、新しいナラティブを紡ぐことができるかもしれません。

 カオスとも呼べる多様性の中で消費者インサイトと社会的インサイトを把握し、共創的な物語を紡ぐには、ローカルの知見とPRの専門性と両方が必要です。私は自身が東南アジアのハブであるシンガポールに住むことである程度、現地を肌感で知るとともに、現地のPRプロフェッショナルと日本企業を橋渡しする役割を担いつつあります。

―― 2024年はビジネスに限らずPRの存在感が高まった一方、兵庫県知事選などでPRパーソンのあり方も問われました。PRのプロが持つべき姿勢について、人材育成にも携わっている本田さんはどのように考えられますか。

 近年は企業やプロジェクトにおける広報・PRの重要性が認識されるようになり、専門人材の志願者や就業者は増えている実感があります。前提として、守秘義務や法令を遵守するのはPRパーソンに限らず、当然のことです。その上で、パブリックリレーションズやナラティブの概念、素晴らしい成功事例が社会に共有されること自体は望ましく思っています。

 私は優れた成果を出す広報PR人材のコンピテンシー(行動特性)を、日本で初めて体系化した「SCALEコンピテンシー」を提唱しています。その中に「マルチ憑依力」「見立て力」など幾つかの要素に加え、「背負い力(スポークスパーソンシップ)」を掲げています。

 PRパーソンは企業やブランド、クライアントなど必ず何かを「背負っている」ものです。まずは背負っているもののために行動する「黒子気質」が、マインドセットとして絶対に必要になります。次に、背負っているもののために「何をどこまで言うか」を的確に見極める判断力も重要です。私はPRパーソンが永遠に隠れる必要はないとも思っていて、素晴らしいPR成功例を世に出す時は、PRパーソンも一緒に出ることで効果的なケースも多いです。

 大事なのは多様なステークホルダーとの共創の物語であるナラティブが、広く正しく伝わることです。PRパーソンは背負っているものの大きさを忘れず、その軸をブラさないことが大事だと思います。

 2025年には、日本企業がアジア・太平洋地域における多様性とエネルギーを生かし、現地の文化や消費者インサイトを深く理解した上で、新たなナラティブを紡ぎ出していく姿を期待しています。多様なステークホルダーとの関係性構築を通じて、双方にとって価値のある未来を描いていってほしいと思います。
  
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