CATCH THE RISING STAR #27
注目ベンチャーからJリーグへ転職、若手部長が追求する緻密プロモーション【西功暉氏】
地元メディア露出と顧客解像度にカギ
―― Jリーグへの関心度について、日頃の取り組みの成果はどうですか。
コロナ禍で伸び悩んだJリーグの関心度は、ここ数年で大きくV字回復で上昇しており、2024シーズンはJリーグ公式試合の年間総入場者数がJリーグ開幕以降最多の1,254万人を超えるなど、集客面でも非常に良い結果となりました。
―― どういった施策が成果に結びついているのでしょうか。
各クラブが日々、さまざまな施策を実施し積み上げたものなので、一概に要因を語ることは難しいですが、先ほどご紹介した「THE国立DAY」は2024シーズンで13試合実施し、各試合の平均入場者数が5万人超えとなる計65万人以上の集客に繋がりました。「国立なら行ってみたい」という観戦の動機をつくることで、多くの方の初来場を促すことができ、更に国立に来た方のリピート観戦率も高い結果が出ているため、このようなきっかけづくりは今後も広げていきたいです。
また首都圏だけでなく、全国各地で40クラブ以上が昨対を上回る集客数となっています。その要因もまたさまざまですが、各地でのメディア露出量の増加と、各クラブがその露出を集客に結びつけていることは要因のひとつかと思います。
2023年(一部地域は2022年)からは日本サッカー協会(JFA)や各地域のサッカー協会、その地域のJクラブ、各ローカル放送局と連携し、現在では32地域(47都道府県)でサッカー番組「KICK OFF!」を放送しています。放送をきっかけに、その他の番組でも各地域のサッカーに関する報道が増加し、全国の民放放送局におけるサッカー情報に関するメディア露出量は、2022年の取組前と比べて4倍以上となっています。
そのためクラブは、メディアを通じてスタジアム観戦の楽しさや試合情報を伝える機会が増え、試合の集客にも結び付いています。クラブによっては集客注力試合を設定し、対象試合日前から、地域のテレビ局や新聞社・ラジオ局・Webメディアの皆さまと連携して、番組で試合を告知いただくなど事前の情報発信によって、各地で過去最多入場者数に繋がっています。各地域での地元クラブのメディア露出量が増えると関心が高まり、多くの皆さまに足を運んでいただけることを実感しました。
―― 絶好調に見えますが、プロモーションの今後の課題をどう考えておられますか。
世の中にエンタメがあふれる中で、Jリーグの本質的価値をもう一度言語化し、「何を伝えるか」を磨き直すことが重要だと感じています。
そのためには顧客解像度を高める必要があり、コアなファンが何を経てJリーグに足を運び続けるようになったのか、新規の方は何を求めて初めての観戦に踏み出すのか、そこにJリーグが提供できる価値は何なのか、といったことを見つけたいです。
Jリーグは全国に60のクラブがあります。各地域、各クラブごとにサッカーへの熱量やクラブの規模も違えば、地域特性も生活習慣も違うため、そこが難しさであり面白さでもあります。だからこそ現場に赴いて、その地域について知ることが良い施策に繋がると思っています。
―― 西さんが担当する大分トリニータでは、どのような施策を実行したのでしょうか。
クラブとは試合集客に向けたミーティングを週次で行っており、ホームゲームの集客施策やプロモーション施策について話し合っています。また、集客施策やクラブの取組みを地元メディアにも共有したり、告知協力のお願いをしたりということを日々行っています。
大分トリニータも昨年はスタッフ総力戦で、集客注力試合を実施しました。真夏の一戦を「亀祭」と称し、試合当日に向けてクラブスタッフと沢山の施策やスタジアム演出を準備し、地元メディアとも連携して、テレビでは大分県内のさまざまな番組で計3時間35分間にわたる試合告知露出を実施いただきました。
結果的に、招待施策が無い中で通常時の約3倍となる28,359人の入場者数を記録し、この試合で初めてチケット購入した新規層の割合も通常の倍以上と高くなりました。非常に多くのお客さまにとって、初めてのスタジアム来場に繋がった施策になりました。
―― 施策やプロモーションのクリエイティブを考える際に西さんが重視しているポイントはありますか。
「誰に、何を、どうやって伝えるか」を整理して、課題設計から入って施策に落とし込む。これはラクスル時代に叩き込まれた手法で、今も大事にしています。その上で、その施策によってどういう感情を抱いてほしいかを言語化し、クリエイティブを考えることを大事にしています。
テレビCMでは15秒という短時間で、Jリーグを観たことが無い方にいかに「自分事化」してもらい、「初めてのスタジアム観戦」へと背中を押すことができるかを重視しています。そのため、放送地域ごとに30パターンの素材をつくり分けて、できるだけ現地の方が親しめるように制作しています。一方、SNSで発信するクリエイティブの場合は既存のファン・サポーターが「共感し拡散したくなるポイント」をどれだけつくれるかなど、チャネルによっても重視する点は変わります。
クリックすると、地域ごとにカスタマイズしたCMキャンペーン動画「全国版イッキ見篇」に飛びます(出典:Jリーグ公式YouTubeチャンネル)
―― あらためて、Jリーグでご自身が目指したいことと、そして仕事の活力となるリフレッシュ方法を教えてください。
Jリーグと出会って幸せになる人を沢山増やしたいです。そのためにも生活の中でJリーグに触れる機会を増やしていく必要があります。
また、既存のファン・サポーターがもっともっとJリーグを好きになるような取組みも増やしたいです。全国にはさまざまなファンがいて、たとえば日曜朝のスポーツニュースに、自分の好きなクラブが取り上げられるのを毎週のように楽しみに待っているファンもいらっしゃいます。そういった方を思い浮かべながら、自分には何ができるかを日々考えていこうと思います。
プライベートでは1歳の子どもをスタジアムに連れて行き、結局、休みの日もJリーグでリフレッシュしています。子どもを連れてスタジアムに行くと、また違った楽しみ方が見えてくるので、面白いなと思っています。今は色んなチャント(サポーターの応援歌)を生で聴かせ「英才教育」をしているので(笑)、今後どのクラブのサポーターになるのか楽しみです。
―― 貴重なお話をありがとうございました。
【上司の視点】肌感とデータの掛け合わせで高い成果
笹田 賢吾 氏
Jリーグ 執行役員 事業マーケティング本部 マルチメディア事業本部
Jリーグ 執行役員 事業マーケティング本部 マルチメディア事業本部
Jリーグではスタジアムの入場者数アップやマーケティング強化の一環として、ほぼ初となる全国向けテレビCMを制作するにあたり、CM制作を統括的にディレクションできる人材を探していたところ、縁あって西さんに入社いただきました。西さんは、持ち前のJリーグ愛と人柄の良さに加え、テレビCMのみならずSNSにおいても動画コミュニケーションで非常に強みを発揮してくださっていて、特に2022年12月に公開されたPR動画「ここから」は大きな反響を呼びました。以来、重要なモーメントには共感性の高い動画制作を担ってもらってきたのですが、公開するたびに高いインプレッション数を記録し、2024年のJリーグ入場者数の過去最多更新にも大きく貢献してくださっています。
クリックすると2023年のJリーグ公式プロモーション動画「ここから」に飛びます(出典:同)
マーケティング強化にあたり、Jリーグとしては外部で経験を積まれた人材の登用も進めていますが、大きく3つの方針を持っています。ひとつは現場経験を大切にしてもらうこと。西さんも若くして部長に就任されましたが、現場で生え抜きのスタッフたちと汗をかき、一緒に成果を出すという経験をしてもらいました。
2つ目は、各人材の経験や得意分野を正確に把握し、お互いに補完できるような座組をすることです。プロパーと外部人材とがそれぞれで固まるのでなく、お互いを補い合ってチームとして成果を出す組織体制にしています。
そして3つ目は、主にクラブサポート部での取り組みですが、各チームの拠点に積極的に足を運ぶことです。インタビューで西さんも話されているように、現地に行ってこそチームの課題やお客さまのニーズも肌感で知ることができます。
このような方針の下、西さんも部長として組織を統括する一方、クラブチームの担当も継続してもらっています。現場の課題感とデータ上のファクトを掛け合わせることで、頭でっかちなマーケティング施策に陥ることなく、本部とチームとで一緒に課題を解決し、Jリーグを発展させていくことを期待しています。
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